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イエティとの遭遇 |
(「イエティを求めて」ラインホルト・メスナー著/P7〜8より抜粋) |
それはチベット台地の沢筋を登っている時でした。
30フィート(9m)前の石楠花の藪に、何かが亡霊のようにたたずんでいました。
ヤク(長い毛の生えている牛)だ、と一瞬考えました。
飼い主のチベット人がいるなら、暖かい食事と寝る場所が手に入ると喜びました。
それはしばらくたたずんでいると、音もなく軽い足取りで、
森の中を現れたり隠れたりしながら、スピードを速めて行きました。
小川やその支流のところで、その動きは遅くなりました。
ヤクではありません。
すばやい動きで支流と、木々のカーテン奥に、その後ろ姿は消えてゆきました。
瞬時にして10ヤード(3m)ほど動き、上方に移動しました。
藪に私の影が映っているようでした。
一瞬、音もなく立ち上がり、たそがれの中に消えてゆきました。
何かの音を期待して聞き耳を立てたのですが、音はしませんでした。
森は静寂なまま、小石の落ちる音や、枝木の折れるパチパチ、カサカサの音はしないのです。
灌木の藪に柔らかな足音を聞いたかもしれません。
驚き当惑しながら、その亡霊が立っていた所を見つめました。
何で写真を撮らなかったんだ!!
私はたたずみ、静寂の中で、その動物に対する警戒心が湧き上がりました。
下草のところにもぐりこみ、探し始めるころには、
世界が動き出し、木々の上部で優しい風がそよぐ音が聞こえます。
森の黒い地面の所に、巨人のような足跡を見つけました。
つま先の形は間違いようがありません。
踏み跡は新鮮で、次々と土を触ってみました。
新鮮です。
写真を撮り周りの土も確かめました。
私の靴は、その生物のはだしの足裏ように、深くは沈まないのです。

黒い土を見つめながら、私は1951年にチベット・ネパール国境メール氷河で撮られた、
エリック・シンプトンの有名な足跡の写真を思い出しました。
この写真は、イエティ存在の有力な証拠だと考えられています。
ヒマラヤ登山家の一人として、私も充分イエティの伝説は聞いていました。
その話はシェルパの世界において、語り継がれていました。
しかし私はその生物が現に生きているなどとは、考えたこともありませんでした。
私はチベットやヒマラヤの多くの場所を知っています。
そのような僻地では、近代的な装備なしには私たち山男のようにタフな人間でさえ、
一ヶ月間と生きていけないでしょう。
そのようにタフな生物がいるとは信じられません。
ヒマラヤの風景(雪峰・氷河・雪嵐・吹きすさぶ冬の夜)がイエティの伝説を描き出しています。
ここは囲炉裏で話される、口承文化がいまだに当たり前のように考えられている場所です。
キッチンテントの中で、シェルパのイエティについての話を何度聞いたことでしょう。
雪に残された多くの足跡の現場では、少女の誘拐や、あの大きなヤクが一撃で殺されたのです。
湯気でかすむ薄暗いテントの中で、登山装備や、食料品の箱に囲まれ、
しゃがみながら話半分で聞いていました。
シェルパはイエティに遭遇し追跡した話を、特定の場所や人名を挙げて話し出します。
しかし私が確認しだすと、父親が言った話しが、祖父になり、
特定の村が、そこいら辺の地域に変わってしまいます。
私にとっては確実なことに興味があるのです。-----中略--------
私は足跡を追いながら登り始めたとき、
誰もがこの旅をイエティが邪魔するなどと話していなかったことを思い出しました。
冗談半分であれ本気であれ、ここで何かが起こっていることを、
警告してくれた人はいなかったのです。
この地域には、ネアンデルタールやキングコングのように、
イエティの流行が届いていなかったのでしょうか?
その夕方、四つ以上の足跡を発見しました。
その動物は山の上、森の中に登っていたのです。もし、それが動物ならば。
それは熊なのでしょうか?
その動物の足跡は、雪ヒョウよりも遥かに大きいのです。-----中略--------
真夜中になり、茂みを掻き分け掻き分けするうちに、森を抜け出すことが出来ました。
明るい月明かりが渓谷を照らしていました。
黒い山の陰が空に浮かんでいました。
山陰が蛇のように上下し、奥のモレーンの暗がりに向かって牧草地が広がっています。
小屋は見えず、動物の匂いもなく、灯火も見えません。
灰色の拝松を掻き分けて足で道を作っていると、突然不気味な音が聞こえました。
ヤギが警告をするときに発するような、シューシューという警告音です。
視野の端に、立ち上がっている姿が、牧草地から森の中にダッシュしていく姿を捉えました。
その形は、音もなく背を丸くしてかがみこみ、月の光から隠れるように、木の陰に隠れようとしました。
それは立ち止まり、一瞬振り返り、私を見つめました。
先ほどよりも、怒りのこもった警告の唸り声が聞こえました。
悲痛なことに、私は両眼と歯をむき出しにしている姿を見てしまったのです。
灰色の顔、黒い身体、その生物は脅すように立ち上がりました。
毛に覆われた、それは短い二本足で垂直に立ち上がりました。
力強そうなその腕は、ひざに届くほどの長さでした。
身長は7フィート(約2m)でしょう。
人のサイズよりも大きく重そうです。
でもそれは機敏に動き、急斜面を力強く登りましたので、
とりあえず私は気を抜き、安心しました。
もちろん動転していました。
人間ではこんな真夜中に走ることは出来ません。
大きな木の下の低い潅木の茂みの所で、それは振り返りもせず、
呼吸を整えるように再び立ち止まりました。
私は催眠術を掛けられたようで、ザックから双眼鏡を出すことも出来ませんでした。
端から端までそれを見つめていると、その形は変化しているように見えました。
それは先ほど見つけ、足跡をたどった生き物と同じように思えました。
ねっとりした悪臭が漂い、生物の退いていく声が鳴り響きました。
それが藪の中に突入していく音を聞きました。
それは高みに向かって、山の奥の暗がりに向かって四本足で斜面を駆け上りました。
それは消え、すべては元に戻りました。
私は夜の闇の空を見つめました。
両手が震えていました。
シェルパは「シューシューという音は危険な状態を表している。」と言っていました。
「イエティから逃げるために出来るだけ早く駆け下りることだ。」と言っていました。
灌木や藪の中を、その生物よりも早く逃げるだって?
そいつは半月の月明かりのもとで、沸き起こる巨大な怒りに動かされて、
つまづきもせずに消えていったのです。