チャン・チィーさんから教わったこと

密教気功・初級を受け持ってくださっていたチャン・チィー(張弛)さん(32歳)が
2010年7月31日(土)、子宮外妊娠のため急逝されました。


チャン・チィーさんは9月14日には高野山で得度し、真言宗の僧として
病気で苦しんでいる人々を気功と密教で救おうと考えられ、

「光蓮:コウレン」という法名も準備されていました。

この法名が戒名になってしまいました。

彼女があの世に旅立つ用意をしているとき、私・小林は茨城県の加波山神社で、
蓮を持つ中国の天女のレリーフを見て、光蓮(コウレン)を思い出していました。

お別れ会が8月22日(日)に行われました。

チャン・チィーさんから教わったこと

8月22日は張弛先生のお別れ会を主催してくださり、
また、人の本質にまつわる話をしてくださってありがとうございます。

小林さんが50年間も涙を封印していた話や、宮崎駿・アメリカ映画の話、

「先生、わたしは極楽浄土があるのはわかりましたが、そこには行きたいとは感じないのです」

「実はわたしもだ」

「ええっ!?」の話

そしてそれを話している時の笑顔の多さに、僕は

「笑顔で居てもいいんだ」の姿勢を学びました

自分に笑顔は似合わないと勝手に思っていたのです

以下学んだことの一部の日記です


『2010/08/23 [14:49]    チャン・チィーさんから教わったこと  』

8/22

まんだらやさん主催のチャン・チィーせんせいお別れ会に参加しました

僕、お世話になった父方の実家のおばあちゃんが亡くなっても泣きませんでした
人が死んでもあまり悲しまないし涙も出ない人間だと思ってました

でもチィーさんの死をきいた日は、一人夜の公園で、僕の心の中の幼児性が「やだ。やだ。」

「先生の死からの僕の学びなんてどうでもいいから、生きているだけでいいから」
の思いが繰り返し、涙が出ました

自分の中にそんな自分がいたんだと驚くとともに、

2月27日に少しお話しただけなのに、僕の心をここまで動かしてしまった
チィーさんの人間・心の力・存在のすごさを感じました

チィーさんの死は理不尽だと思っていた

でも、主催の小林さんやツィーさんの夫である了さんの話をきいていると、
チィーさんは生前、了さんに「マリア様に会いたいね」と言っていたりして、
自分の死を予期している節があったようです

チィーさんは納得して死を選んだんだ

そう思ったとき、素敵な人が死んでしまうこの世の理不尽への怒りが和らぎました

張永祥さん著 「氣功の神髄」の155ページ

帯津良一さんの「気功とは攻めの養生。死んでも終わらない」
の内容を思い出しました

『私が言う攻めの養生というのは、もっと積極的な養生を言います。
対象は身体ではなく生命です。

生命というのは、内なる生命場のエネルギーです。

このエネルギーを常に高めていって、死ぬ日を最高にもっていく。

そして、その勢いで死後の世界へ突入していくのです。

こういう養生だと死でもって終わりません。
死後の世界も視野に入れて今を考えていく。

人間は必ず死にます。

そこを終着点とするのか、重要な通過点とするのか、
生き方に大きな差が出ます。』


了さんが言うには
チィーさんの氣に衰えがみられなかったとのこと

「氣が高まりすぎてあっちに行っちゃった」

肉体のレベルでは収まりきらなくなった精神性が
より高いレベルに行ってしまったみたい

「もうちょっとまったりしてもよかったのに」

了さんの言葉をきいて、本当にそう思った


死はこわいもの

遠ざけるべきもの

忘れるべきもの

だって死んだらなにもかもおわりじゃん

肉体で何も感じられなくなる感覚がわからないしこわいし

なにより楽しいへアクセスする可能性がなくなるのがいちばんいやだ

何かゴールを決めてしまったらそこへ行くしかない

その喜びでも悲しみでもゴールを決めてしまったら、同時に死が待っている

だから、一生のゴールを決めたり、死をみつめて生きていくなんて、正気の沙汰じゃない

戻れない一方通行で自分の肉体を失いながら向かうだけなんていやだ

死が待っているからと脅迫的に追い立てられるように今の生を楽しま「ねばならない」のもいやだ


それが思い描いていた僕の本心
死はすべての終わりだという心が生み出した思い

チィーさんは教えてくれた

死は終わりではなく、肉体からの卒業なのだと

より高い次元の、存在としての概念としての心としての存在になっただけなのだと


了さんは弟に学んだ

了さんがチィーさんを想えばいつでも会えるということ

会って感じる心の動きは、
生きている人に会っても、肉体レベルを卒業した人を想って会っても同じだということに


死を忌むべき敵としてみるから恐怖になり、怒りや萎縮が生まれる

それは選択する行為が死に結びつくため、
そこから逃れるために、選択を恐れ遠ざけるようになる

死を味方にすれば、それは、いまやるべきことが明確になり、
迷いもなくなり、選択への後悔もなくなり、

真に重要なものが見えてくるようになる


そんなことに気付くことのできた大事な日だった

チィーさんの旦那さまの了さんは
イケメンであるのみならず

人の心の芯を受け止めてあげられる、大きくてあたたかいきれいな心を持った方でした

こんなにもきれいな人がいるんだと
「了さんの存在がすごくきれいです」と言ってしまったほど(うれしいと言ってくれました)

僕はここ最近なにかと「自分の思い通りうまくことが運ばないなぁ」と思っていたのですが
うまくいかなくなり、一度立ち止まるからこそたいせつなものが見え得られる場合もあるんだと学びました

過去ワークスを受ける行動に出たこと、初日でチィーせんせいがきてくれたこと、
話しかけたこと、うまくいかないと思う日々が続いたこと、

ひとつでも欠ければ、今の想い、8/22の体験は得られなかった


死を味方にすれば、やるべきことが見えてくる

死を見つめて』


小林さんや了さんやコーミーさんのような凄まじい方にお会いできたことは僕の宝です。

本当にありがとうございました。

(by R.H)