沖縄のこと   Leiko

初めてオキナワに行ってきました。

沖縄は女性性、胎蔵界、体、でした。
都会は男性性、金剛界、脳味噌です。

東京に帰ってきたとたんに、すっと、冷静になった自分を発見しました。
沖縄にいるあいだは、脳味噌よりも、体が先に考えて反応してるような感じでした。
自分は、体が恐い脳味噌人間だっていうのに、沖縄では体の感覚を研ぎすまさないと危ない。

そういうわけで、色々お勉強な沖縄でした。
以下は、オキナワを感じた私の報告です。


沖縄ではウタキめぐりをしてしまったのですが。
ウタキ=御嶽=はどういうものかと言うと、本土にそれらしいものが無いので説明が難しいのですが、

祈りの為の聖域、祖先崇拝の場所、というもので、
ずばり子宮です(男子禁制のウタキも在り、それは子宮だからだと)。

建物のない神社という話もあります。
だけど、神社というよりは、やはり子宮の形を模した空間(神社が子宮というなら意味は同じですが)、
南方によくある子宮を模した墓の原形って感じでしょうか。
(沖縄では亀甲墓という。台湾でも同じような形態の墓を見たことがある)。

そこにはシンボルは一切無く---宗教的なものにつきものな建物も意匠も偶像もなんにも---
(そういう意味では、全然脳味噌的じゃない。脳の巨大化=進化=によって、
 人間はシンボルを操るようになるけど、そのシンボルが全然無い)場所がぽっかりあるだけです。

丸い空間を木々が取り囲み、火を焚く小さな祭壇が置いてあるのですが、
それも、用に耐えるだけの石片って感じのが左右にひとつずつ。
この左右にひとつずつというのには何か意味がありそうな気もします。

ここを『空間』と一言で言ってしまえば、そこは単なる何も無い空間におわってしまいそう。
でも、感覚を研ぎすまして感じれば、さまざまな情報、それも言葉や、意味化できないものが溢れているような感じです。

普通に流れる時間や存在する空間の中の圧力の変化を感じようとしなければ通り過ぎてしまう場所。
これは沖縄そのもの。
沖縄というのは、意識しなくてもこういう微細な感覚が研ぎすまされるところです。

亀甲墓というのは(ウタキそのものだと思いますが)妊婦が足を開いて出産する姿勢が『墓』の形になっています。
そして、まさしく子宮の入り口のところに霊廟の入り口があって、供物とか花を供えるのです。
で、その奥の子宮のところに死者を葬る。

   亀甲墓

まさしく死と生は同等って感じです。すごいです。
ウタキはお墓ではないので、遺骸はありませんが、
もろもろの精霊や霊魂が集まる場所のような気がします。

そこに立てば、体が理解するでしょう。     

 ( by Leiko )


再生の儀式と性 --- 宗次郎

インドでのシバの神はリンガとヨニ。
リンガは男性自身(金剛界=精神世界)。ヨニは女性自身(胎蔵界=物質世界)。

今、私たちは胎蔵界にいるのですが、精神世界なしに存在しているのではありません。
真言宗では金胎不二と言います。

修験道では胎内くぐり(子宮)があり、岩登りをさせられます。
危険な人生を潜り抜け、生まれ変わりの儀式をさせるのです。
懺悔、懺悔、六根清浄(さんげ、さんげ、ろっこん・しょうじょう)と唱えながら。

インディアンのスウェットロッジは子宮回帰。
丸いドーム上のテントの中に赤ちゃんのように、四つん這いになって入ります。
そのとき「すべては繋がっている!=空性」と一言唱えるのです。

運び込まれる石はおじいちゃん。水が掛けられ蒸気が一面に広がると、それはおじいちゃんの息吹。
儀式が終わると四つん這いになり、生まれ変わってテントを出るのです。