わかるってなに?
話せば・・・ワカル、分かる、判る、解る、、、?


先日まんだらや密教研究所にお出でになった方は、夢中になり4時間もの間に、さまざまな質問をなさいました。
ひとつひとつお答えをして、不明な点を解いていきました。

彼女がお帰りになるときに、「わかりました。わたしは話せばわかると思っていました。」とおっしゃるのです。
彼女は正しいと思うことがあり、それをいくら語っても、通じない歯がゆさにイラついていました。

でも「わかる」というコトバにさえ、さまざまな漢字が用意されています。
これで、わかり方の違いが表現できるのです。

聞いたことがある言葉を聞いて「わかりました。」という方がいます。
でもそれは「聞いたことがあります。」と答えるべきなのです。

わかるとは「咀嚼力」だと思っています。
分析し、判断し、理解する。

結果として、その言葉を使って話しが出来るようになれば、初めて「わかった」といえるのです。


私は、最初は「『しょせん分かり合えない』と思って対処したほうがいいのです。」と申し上げました。

表現にはさまざまな種類があります。
コトバだけで表現できると考えている教えを「顕教:あらわなおしえ」と空海は説きました。
これは小学生レベルの教えです。

映画表現は密教的表現方法


映画表現は、俳優がいて、大道具がいて、小道具係がいて、音楽家がいて、演出家がいて、脚本家がいて成り立っています。
でも、映画の画面には、俳優と背後の風景や小物しか出てきません。

俳優の言葉だけを聴いているのが、小学生レベルの楽しみ方なのかもしれません。

でも感情を揺り動かされる音楽ほど、心に刻み付けられるものはありません。

私たちは、ヘアースタイルや小道具で、何気なく時間や場所を特定しているのです。
だから映画は密教だと思えるのです。

タロットでは、描かれた絵を・・・見ていないことを指摘します。

すべてのしぐさ(印=ムドラー)、持物(アトリビュート)に意味があることをお教えします。

仏像には持物(アトリビュート)が描かれます。
これを読み込むことにより、特徴や機能を類推できるのです。

これは密教の思考法なのです。

わかる自分になるには


わかるためには、日記をつけることをお勧めしています。

意見を日記に書くと、書けない自分がいることに気づくのです。

そうなると自分の中に二人の人格があり、対話を始めるようになります。

自問自答・・・この対話から、霊的対話が始まります。

深層意識の奥にいる自分:ハイヤーセルフとの対話は、ここから始まるのです。

お試しください。




    

タロットの手品師:

なぜ左手を上げ、右手を下げているのだろう?

真言密教では、右ひざに右手を乗せて、擦ります。なんで?