不都合な真実(1)
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アル・ゴア第45代アメリカ副大統領講演会を終えて 
2007年1月12日

「あと10年・・このままでいたら地球は・・人類を受け入れられない、後戻りのできない状態になってしまう。
 これは科学者の誰もが反対しない真実である。」

古いやり方              古いやり方
  +    =予期できる結果      +    =がらりと変わる結果
古い技術               新しい技術

 
古いやり方を・・・新しいやり方に変えるだけで良い・・でもそれが一番難しい!!
常識というパラダイムが思考装置にかかっている私たちは・・・目覚めていない人なのだ。

「新しいやり方」が地球環境という獣を棒で突付くようなことをしています。
そのうち怒って、地球環境という獣が私たちに仕返しをしてくるのです。・・・・・・アル・ゴア



         あなたもすぐ出来る10のこと

人の心を変えなければ!! 行動を変えなければ!!

1) 省エネルギー型の電化製品や電球に変えましょう。

2) 停車中はエンジンを切り、エコ・ドライブしましょう。

3) リサイクル商品を積極的に利用しましょう。

4) タイヤの空気圧をチェックし、車の燃費基準を上げれば、無駄なエネルギー消費を防げます。

5) こまめに蛇口を閉めましょう。

6) 過剰包装・レジ袋を断りましょう。

7) エアコンの設定温度を変えましょう。

8) たくさんの木を植えましょう

9) 環境危機について学びましょう。

10) 映画「不都合な真実」を観ましょう。

*少欲・知足の仏教思想を学びましょう・・・宗次郎
2「息子の交通事故」   --------「不都合な真実」(アル・ゴア 元・副大統領)より抜粋  
想像していなかった体験

1989年4月ボルティモア・オリオールズの開幕試合を
6歳の息子と共に見に行った私は、衝撃的な出来事に出くわしました。
ゲームが終わり車に戻ろうとしていたとき、手をつないでいた息子が私の手を振り払い
友達のあとを追い、車道に飛び出したのです。
半ブロック先の車が突進してきているのに。

次の瞬間あっと思うまもなく、息子のアルバートは車にはねられ、
ドンという音と共に空中に跳ね上げられ、10メートルほど先の歩道に落ち、
ずずっと歩道を這ったものの、やがて止まるとぴくりとも動かず、声もなくなったのです・・・。

この恐ろしい瞬間は何度よみがえったことでしょう。
大事なわが子が車にぶつかって、手が届かないまで跳ね上げられのを・・・私は見ていたのです。

私はこぶしを硬く握り締めていました。自分の手からするりと抜け出していってしまった、
小さな手を握り締めようと無駄な努力をして・・・。

ところが・・あの日の私たちのそばには、本当に天使たちがいたのだ。
――私はそう信じるようになった。

たまたま病院の非番の看護婦さんたちが二人、野球の試合を見に来ていて、
緊急用医薬品の詰まったかばんを、万一のために持ってきていたのだ。

私が息子のそばにひざまづき「神様この子をお助けください」と嘆願している間に、
二人は息子のところにさっとやって来ると、救急車が到着するまで熟練した手つきで
手当てをしてくれたのであった。

救急車のサイレンが聞こえてくるまでの6分間は、人生の中で最も耐え難い6分間だった。
妻と私はアルバートのそばにひざをつき、抱きかかえ、話しかけ、祈っていた。
あれほどの絶望感と無力感を感じたことはなかった。

息子は運び込まれた病院の先生と看護婦さんのおかげで、一命を取りとめた。
脳震盪を起こし、鎖骨とあばら骨を折り、大たい骨も複雑骨折をし、脾臓が破裂し、
肺・すい臓・腎臓も破裂していた。
コンクリートの上を滑ったところは第二裂傷を負い、右腕の神経群は傷ついていた。

3
体験の意味を考える

この出来事が、かっては重要に思えたスケジュールが,
取るに足らないものだと思えるようにさせたのだ。
それらが本当は取るに足らないものだと、突然わかったのだ。

私は同じ目で人生全体を見るようになった。

「いったい自分は本当にどのように自分の時間を使いたいのだろう。
本当に重要なのは何だろう?]

私は自問した。

こうして大局的に自分の内面をじっくり探りながら考え直してみると、
地球環境以上に自分の関心を引くものはなかった。
これこそが最大の危機であり、自分の活動と知恵や創意の大部分を向けるものだった
――私はそう自覚したのだった。

地球温暖化の危機が迫っている

「死と税金以外に確実なものはない」とよく言われるが
私は少なくとももう一つ、動かしがたい事実があることを知っている。

人間が引き起こした温暖化はそれが確実な事実であるだけでなく、ドントンと危険になりつつあり、
その勢いからいまや地球全体の緊急課題になっているということだ。

私は1992年から8年間、クリントン―ゴア政権の一員として、
政治課題を追求するという機会に恵まれた。
その時にまざまざと思い知らされたのは、議会が、いかに変化に抵抗するかということだった。

私は米国・民主主義の対話の性格と質が、この数十年の間に大きく変わってきたことも、
散々思い知らされることになった。
とりわけ、娯楽重視の姿勢が、かって「ニュース」と呼ばれていたものを大きく変質させた。

自分自身の意見を持つ個人は、いつも対話の場からは締め出されてしまうことを知った。

1992年京都会議において、私は温暖化汚染物質の抑制を目指す、画期的な条約の草稿を作った。
しかし帰国した私はその条約の承認を得るために戦いに直面することになった。

2000年の大統領戦では、鍵を握るフロリダ州の投票の再集計中断を
5:4で決めた最高裁判所の判決で終わった。

ジョージ・W・ブッシュ大統領は二酸化炭素排出量を規制するという、
選挙中の約束を着任した最初の週に反故にした。

そして今では、ブッシュ―チェイニー政権が、温暖化汚染物質を制限する政策は、
すべて阻止しようとしていることが明らかになった。

その後、大学の講師として温暖化防止についての講演を、スライドを使いながら説明しているうちに
環境活動家でもある、ローリー・デイヴィッドが映画にする企画を持ち込んできた。

その後プロデューサー、監督とが集まり「不都合な真実」という素晴らしい映画が
皆の協力によって成し遂げられた。

危機はチャンスでもある

この映画は警鐘を鳴らすだけでなく、希望を持つべきであるということも伝えている。
危機は二つの漢字で出来上がっている。
危は危険の意味だが、機は仕組みであり、チャンスでもある。

クリーンエネルギーの将来が提供する莫大な経済機会を手に入れようと、
積極的に動き出しているところもある。

また、正しいことをしたときに、もっと貴重なものを得ることも出来る。

「世代としての使命」
「人としての目的の高揚感」
「みなを団結させてくれる重要な意義」。

私たちが共に立ち上がるとき、私たちの魂は満たされ、心を一つにすることが出来るだろう。
現在、信感や絶望に息が詰まりそうな人は、のびのびと息が吸えるようになるだろう。

生きている意味の喪失に苦しんでいる人は、希望を見出すだろう。
立ち上がるとき、この危機は実は政治の問題などではないとひらめくだろう。

これは倫理の問題であり、精神的な「あなたは・・いかに生きるのか?」の課題であるのだ。

7
子供たちの未来は、あなたの現在が決める

未来世代が私たちにこう尋ねているところを想像してみて欲しい。

「あなたたちは何を考えていたの?

 私たちの将来のことを心配してくれなかったの?

 自分のことしか考えていなかったから、地球環境の破壊を止められなかったの?

 ――止めようとしなかったの?」

このような問いかけに対し、私たちはいま行動で答えることが出来る。
その過程で私たちは、子供たちに感謝してもらえる未来を作ることが出来るのだ!!

初めての父親参観日

小林宗次郎
               
想像していなかった体験

1987年5月のある日、私は5歳の長男が通う、S幼稚園に父親参観のために出かけていきました。
小さな下駄箱やトイレを眺めながら、ほほえましい思いと共に日差しの柔らかいテラスの端で、
中庭で遊ぶ子供たちの群れの中から、我が子を探し始めました。

目線の先にいた我が子は、ジャングルジムの一番上で誇らしげに立ち上がっていました。
「危ないじゃないか!!」

中庭を越えて助けに行きたい衝動に駆られ、足元を見て靴を探し始めました。
そのとき、「なぜ彼は落ちないんだろう?」という思いが押し寄せてきました。

「いま、ここで助けても、いつ交通事故にあうかもしれない。」
そう思っているうちに、「どうしたら良いんだ!!」という思いと共に、
あるビジョンが突然、脳裏に流れ込んできました。

それは自分がマッターホルン山頂に立っている姿でした。

17歳のときから、私は岩登りに夢中になり丹沢、谷川岳、穂高岳などの岩場を登り、
ついには25歳のときヨーロッパアルプスの岩峰にも挑戦していたのです。
その間、両親たちはどんなに心配したことでしょう。

あるとき山から帰ってくると祖母が
「山はどうだったの、お祈りしていたよ。ご仏壇にお線香を上げときなさい。」
と言われました。

その当時の私は、「俺は・・自分の力(体力と運)で登っているんだ・・・よけいなことをして・・!!」
と思いつつも・・・仏壇にお線香を上げていました。
それが、息子がジャングルジムの上にいるだけで、震え上がる自分がいたのです。

体験の意味を考える

そのとき以来、「あいつが落ちないのは・・(何か大きな力に)守られているからだ。」
と考えるようになりました。
自分の思い上がりに気付いたのです。

岩場のゲレンデで落ちた友人を、確保した紐が切れなかったことも、
谷川岳で、つかんだ大岩が抜け落ちたとき、岩と一緒に落ちなかったことも、
穂高岳で落石が友人のあごを砕いたとき、自分には岩がぶつからなかったことも、
ヨーロッパの山で雪の上を滑り落ちたときに、怪我をしなかったことも
「運が良かった!!」で済ませていました。

数限りない危険を、「運が良かった!!」で見過ごしていたのです。
それ以上のことは考えていませんでした。

視点を変えることによって、深い叡智があることを気づかされました。

このときから私の思考法が変わりました。

「出来事には意味がある」と考えるようになったのです。

そしていま「出来事はすべて・・・神仏からのメッセージ」と考えているのです。



今回、ゴア元副大統領の、講演を聞く機会に恵まれたことも、どこからかのメッセージであると感じ、
この文章をホームページに掲載することにしました。
2007年1月20日より映画「不都合な真実」が上映されます。
ぜひご覧ください。