Rebirth〜リバース
再誕生の高野山得度式


by 慈泉

小林阿闍梨、高野山常喜院の皆様、そしてご一緒して頂きました皆様、大変お世話になりました。
決して忘れる事のない2008年3月11日。

初春の宮崎から雪残る高野山へ

満開となった白いこぶしの花。桜の蕾も膨らみかけている。
春の足音がすぐそこまで来ている3月10日。朝、6時30分。東へ向かう車。
今日生まれたばかりの新鮮な朝日を浴びながら穏やかな気分で宮崎空港へ車を走らせた。

カーラジオから天気予報が流れる。
「今日は曇り空となりますが、明日はお天気も回復し4月上旬の陽気になります・・・」。
お天気もばっちり。気分上々。
4月の陽気か・・・と着込んだコートを心配しながら8時ちょうど出発の
大阪伊丹空港行きの飛行機に搭乗した。

伊丹空港に到着。バスで約40分、大阪、難波(なんば)へ向かう。
そこから南海電鉄で高野山行きの電車へ乗り込む。
明日の得度式の為に向かう高野山。

今回の得度のお世話をして頂いた「まんだらや」の小林阿闍梨は、
1時間前の11時発の特急で既に高野山へ向かっている。
私が難波(なんば)に到着したのが11時を少し回った時間。
高野山行きは一時間に一本。ほんの数分で12時まで待つ事になってしまった。
しかも次の電車は各駅停車。

しかし、今回の旅はRebirth・・・再生の旅。
逆に2時間の電車の旅は私にとって今の私自身を浄化する大切な時間となった。

大好きなクラッシクをiPodで聴きながら、のんびりと揺れる電車に身を任せて
今までの人生を思い返していた。
不思議と頭に浮かぶのは「嫌な自分と忘れたい事」だった。
きっと私のブロックとなっているそれらの事を、得度前に魂が浄化をしてくれていたのかもしれない。

今までの人生においてベッタリと貼りついていた人間臭い部分。
それをゆっくりと剥ぎ取りながら・・・2時間の電車の旅で少しずつ魂を昇華させていった。
同時に・・・高野山という母の胎内へ戻り行く感覚を楽しんだ。

高野山の麓、極楽橋駅に到着。
駅名の通り、極楽橋を渡り高野山駅へ向かうケーブルカーに乗り換える。
極楽橋、仏の元へ帰る橋。得度で訪れた高野山。私には意味深く感じられた。

急な斜面を登るケーブルカー。まさに産道。私は胎内へ戻っていく。
仏の子として生まれ変わる為に高野山という母の子宮へと戻っていく。
その感覚がとって気持ちよく、脳内麻薬が分泌される。
ニルヴァーナの境地だぁ・・・・。

しかし、人間的な感覚も敏感に反応。曇り空だったせいか寒い!!
着過ぎでは?と心配していたコートのボタンをしっかり閉めた。
外を見ると所々に雪が残っていた。どおりで寒いはずだ。
暖かい宮崎から出発して6時間。雪残る3月の高野山に到着した。

参考まで:
伊丹空港から難波までバスで約40分。
高野山までは南海鉄道なんば発、急行(各駅停車)で2時間。
料金はケーブルカーも含め片道¥1,260(特急は1時間40分。料金は+¥760)。

得度をご一緒する皆様との出会い

ケーブルカーで5分。ほどなく高野山駅へと到着した。ますます寒い!
携帯電話の電波が入らない。・・・・さすが高野山。俗世とは縁を切らせるのか。
駅の公衆電話から到着した旨を小林阿闍梨にご連絡させて頂く。

「大門行きのバス」で常喜院へ向かう事に・・・・って、大門行きのバスは私の目の前を走って行ってしまった。
・・・まぁ、仕方ない。と、人がいないバス停へ向かって歩いていると、
通り掛かりのバスの運転手さんが声を掛けて下さった。
「奥の院行きのバスでよかったら臨時便をだしてあげるから待っときなさい。」

仏の地で働かれる人はなんて優しいのでしょうか。
ほどなく私は無事にバスへと乗車することができた。感謝の気持ちでいっぱいになる。
雪が残るくねくねの山道を上手に走る臨時貸し切りバス。静かな車内。
私は誰にも遠慮なく高野山の胎内へ深く沈んでいく。再び脳内麻薬が分泌される。
ニルヴァーナの境地だぁ・・・・。

しかし、そうニルヴァーナに浸る時間もなく10分程で
運転手さんに教えて頂いた千手院前の停留所に到着。下車。
小林阿闍梨に電話をさせて頂く。・・・・ここまで来ると携帯電話もしっかりと通じる。
ちょっと残念。やはり下界とはしっかり繋がっている。

小林阿闍梨はすぐ側にいらっしゃるとの事。前を見ると優しい笑顔で手を振って下さっている。
ご一緒に近くの本屋さんへ向かった。
さすが高野山。真言宗、高野山についてのマニアックな本がたくさん揃えられていた。
そこに数人の方がいらっしゃった。銀の髪が素敵な外国の方、聡明そうな青年、
ハンチングがお洒落な男性にそのパートナーとみられる素敵な女性。

男性3人が今回ご一緒に得度するご縁深い胴胎の兄弟の方々だった。
「初めまして。」と・・・挨拶もそこそこに「兄弟の方々」は私よりもはるかに魅力的な
マニアックな本の方に戻っていかれた・・・。さすがだわ。

とりあえず今回の得度ともに宿坊としてもお世話になる常喜院へ歩いて向かう。
皆さん、親しげにお話をされている。「全員、今日初めてお会いした方ばかりの様ですよ。」
と、後に合流して気後れしている私に、祥徳さんの奥様が話しかけて下さった。

・・・・えっ〜!?初対面。信じられない。
でも、得度という目的の為に集まった方々。志が同じなら精神的なステージも同じ。納得。
私もスグに打ち解けさせて頂いた。  

その中でも同じ女性同士、祥徳さんの奥様のお気使いは私にとって大変在り難いものだった。
得度はお受けされない様ですが、魂のステージは高いところにいらっしゃる方だった。
「得度をしなければいけない私」と違い既に祥徳さんの奥様は仏の子だった。
仏性を感じさせる優しいお方。お陰様で楽しい夜(?)を過す事ができた。
常喜院のあの寒さと奥様の優しさは忘れられない。

常喜院到着。広い寺内。泊まる部屋へと通された。
テレビなどは無いが温泉旅館を思わせる立派な部屋。品のよいコタツが置いてある。
ここはまだ冬。宮崎では見ることのない大きなストーブに火が灯っていた。
暖かい部屋。お寺のお気遣いに感謝。

しかし、暖まる時間もなく、祥徳さんのベンツをタクシー代わりに
僧衣を和装屋さんに受け取りに行かせて頂いた。
最初から最後まで大変お世話になった祥徳さんのベンツ。ガソリンが高値を記録する最近。
どうもありがとうございました。

参考まで・・・
得度費用:50,000円。
僧衣一式:白衣(白衣ベルト)、黄色い袈裟、黒僧衣、足袋一式。
女性 〜40,000円程。男性 〜50,000円程。サイズにより価格が変わるようです。

4時、常喜院隣の高野山大師教会で到着しているメンバーで受戒を受けた。
なんとワンコインで受けられるという。有り難く頂いた「菩薩十善戒」。
「儀式が始まりましたら、途中お堂内より出ることができません。」と説明を受け扉が閉ざされた。
灯りといえばロウソク2本。暗闇に緊張が走る。そして厳かに始まった受戒。

十箇条の戒めと在り難い法話を頂いた。
そう、有り難く頂いたのですが・・・・30分の正座。
終る頃には参加者の足はしっかり麻痺をしており、
小林阿闍梨とアメリカ人の鷲峰さん以外はスグに歩くことができなかった。
その光景も楽しい思い出になった。

曇り空、時に射す日も西に傾いた高野山。
受戒の後、皆で壇場伽藍を中門から東塔まで真言を唱えながら巡った。
ここが高野山だから不思議ではないが、一列に並んで真言を唱える一行。
外国人、まだ若い青年、お洒落でダンディーなナイスミドル、そして茶髪の私等々の集団。
別の場所だったら奇妙な目で見られるのは間違いない(笑)。

全員が数々の真言を唱える事ができる。
真言宗の得度を受ける者としては当たり前かもしれないが、宮崎での私の生活においては、
真言を唱える人は主人以外に見た事がなかった。さすがだ。

雪が所々に積もっている壇場伽藍。
壇場伽藍巡りが終わりに差し掛かる頃には、手の指も足の指も寒さでかじかんでいた。
約40分。無事終了。その後は、沈む寸前、橙色に変わった太陽。
暖かい光は射すが夜に向かい気温は急降下。散策も打ち切り。
それぞれの打ち解け話で盛り上がりながら常喜院へ戻った。

6時、最後の得度メンバー法蓮さんが到着され全員で美味しい夕食を頂いた。
常喜院のお気使いもあり般若湯もご準備されていた。
しかし、参加される男性の方はほとんど召し上がれず、
小林阿闍梨、私、祥徳さんの奥様、法蓮華さんの4人で、泡般若湯、般若湯を
全て飲み干してしまった。
しかし、酔いが足りない私と祥徳さんの奥様。
いつか機会があったらゆっくり飲みたいですね。

夜は小林阿闍梨の楽しくて好奇心をそそられるお話に耳を傾けさせて頂いた。
それでもまるで修学旅行気分。布団を敷き詰めた部屋で夜も更けていった。
解散後も喫煙部屋と化した女性の部屋では深夜まで話が及んだ。

・・・・人がいればその数の人生がある。生れ落ちたその日から死に向かって歩く。
スタートとゴールは一緒でもその道程は人それぞれ。当たり前だ。
しかし、何故得度か。
その明確な理由説明は出来ない。
ただ・・・何故かこの世界が生まれた時から私の中の宇宙にあったらか。

それにしても緊張感がまるで無しの楽しい得度前日の夜だった。忘れられない夜。

今回得度式に臨む面々は、「まさにマンダラ。これこそマンダラ」と小林阿闍梨に言わしめた5人のメンバー。
その同胎兄弟をご紹介させて頂くと、まずアメリカ人の鷲峰さん。
日本での生活が長いせいか誰よりも日本的な感覚をもっていらっしゃる銀の髪が素敵なおじ様。
おしゃれでダンディー、ホレボレするお声で真言、お経を唱えられるコレクター祥徳さん。
証明人としてご参加の奥様は、既に仏心をお持ちの楽しくて素敵な女性。
仲睦ましいご夫婦。
人生、波乱万丈(そう勝手に思っている。)、現職のお坊さんと間違えてしまう風貌で現れた
強烈な印象の元金髪の法蓮さん。
そして、22歳で得度する隆峰さん。お若くてびっくりだがきちんと理由が語れる。
若いっていいですね。
そしてぽぉ〜っとして仏門には程遠いと思われる茶髪の私。

統一がない様に見える面々ですが、全員が昔なじみの友の様な雰囲気。
緊張よりもリラックス。昨日までは見知らぬ他人とは思えない。
これこそ仏縁。確かなご縁。
そんな素敵なマンダラの方々とご一緒できた事は、私の人生において忘れられない出来事となった。

自然と湧いた発心、死への憧れ。
仏より生まれる。

当時19歳だった私。頃はバブル絶頂期。
毎日の様に夜の盛り場に通い、幻想の泡の中で遊んでいた。
そんな生活と平行して「般若心経」を覚えなければ・・・とふと発心した。
誰に言われた訳でもなく自然と湧いて出た発心。
それ以来、20歳で不動明王の真言を覚え、主人と二人で全国の国宝仏像巡りを始めた。
ご縁あって、29歳で仏像を彫りだした。
30歳からは主人の仕事の関係ではあるが、鹿児島の真言宗最福寺で護摩行に参加したり・・・・
何故か真言宗とご縁が続いていた。

そんな私だったが・・・理由は割愛。4〜5年前から死へ憧れ始めた。実行か何度かしてみた。
そして精神科にお世話になった。今年のお正月、再び沈没した私の心。
そんな今年のお正月、ふと「まんだらや」のホームページが目に入った。
得度された方のレポートを読ませて頂いた。

・・・・「一度死んで、仏の子として生まれ変わる。」
何、何だ、生きたまま、このまま死ねるんだ。
沈んでいた私に芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」の様に天からキラキラした蜘蛛の糸が下りてきた。
小説と違い絶対に切れないお釈迦様からの蜘蛛の糸。

「死ぬ事と尼僧になる事」一度に私の夢が叶う。
・・・得度しよう・・・。そう決めた日以来、心が回復した。

そして、3月10日。私は再び生まれる為にケーブルカーで産道を戻り、
母胎である高野山の中に戻ってきた。
そして、准胝観音様の子宮より再び生まれくる。仏の子として。

得度式

寒い!寒い!寒さの中で目が覚めた。
やはり寒さで眠れなかった聖徳さんの奥様が先に起きてストーブを点けて下さっていた。

5時少し前。いっせいに目覚ましのアラームが鳴り出した。起床。

6時から始まる朝のお勤めに皆で参加させて頂く。それにしてもお腹が空いている。
久しく感じていなかった朝の空腹感。
一日だけの宿坊宿泊なのに健康までを感じさせてくれる。
ストーブの側は女性にと法蓮さん。感謝します。
・・・それにしても高野山て何て寒いのだろうか。

7時。朝食を頂き、終わった順番に丁子湯を頂き身を清める。
それぞれ白衣へ姿を変え、いよいよ得度式へと気持ちを切り替えていく。

8時。お声が掛かり5人全員で本堂へ向かい、沖縄から常喜院へ来られている修行僧の方と合わせて6人、
准胝観音様の前で得度式の準備へと取り掛かる。
「准胝観音様は仏の母と言われます。今日、皆さんは仏の子として生まれ変わります。」
そうご説明を頂いた。・・・・・いよいよ仏の子となる。

常喜院の加藤阿闍梨様の都合により開始時間が通常より1時間ほど早まったのですが、
得度式の式次第と致しましては先に得度された他の方と変わりなく、
違っていたのが三礼以外、僧衣の着方などがぶっつけ本番だったこと。
お世話を頂いた僧侶の方よりお聞きしたところ着衣の仕方などは練習が必要だった様です。

年齢の順番に加藤阿闍梨様より僧衣、法名が授与される。
皆、僧侶へと変わっていく。立派だ。
心地よい緊張とリラックスの中で滞りなく儀式が終了した。
心配していた足の痺れも誰一人なく。

袈裟姿となった新米僧侶。
3月11日、まんだらや小林阿闍梨が見守る中、無事5人の仏の子が誕生した。
私は「慈泉(じせん)」という名前で生まれ変わった。

Rebirth〜リバース・・・再誕生

得度までのお世話を頂きました小林阿闍梨には、証明人
及び4人分のデジタルカメラを駆使してたくさんの撮影をして頂いた。
祥徳さんは奥様が愛情いっぱい撮影されていらっしゃいました。
しかし、写真があるのはとても在り難い。
本当に有り難うございました。深く感謝致します。

奥の院へのご報告

「得度の報告は必ず下駄だそうです。」
着慣れない法衣、履き慣れない下駄。
初々しいお坊さんが空海様に得度の報告をする為に奥の院へと訪れた。
昨日の雲は一掃され、暖かい春の太陽を真上に浴びながら御廟まで真言を唱えながら進む。

途中、僧衣姿の私達に合掌をして下さる方もいらっしゃる。
お坊さんになったんだ。

空海様がいらっしゃったその時から立っている樹齢何百年の木立の中。
空海様も吸っていたであろう、神聖な精気を大きく深く頂いた。
空海様も喜んで頂いていると思う。これからはしっかり御廟より見守り下さい。

宮崎に戻って・・・。

宮崎から参加の為、余韻に浸る時間がなかった。
昼食もゆっくりできず、またご一緒した方のご連絡先も聞かぬまま高野山を後にした。
是非ともご縁を結んでいたい同胎の方々。俗世でもお付き合いの程、お願い致します。

着てきたコートはバックの中に入れた。暖かい。
今度は急なケーブルカーを下る。

産道を通り高野山から生まれた。
私は仏の子慈泉となり戻ってきた。

空港に到着して、何故か泡般若湯が飲みたくなった。
雲ひとつ無い空。ゆっくり沈もうとしている円いオレンジ色の夕日を見ながら、
空港のラウンジでひとり泡般若湯を飲む。

極楽浄土のある西を向き、曼荼羅の仏様と乾杯した。

昨日の朝6時半に出発した家に到着。9人家族の私。
主人と猫7匹、犬1匹が出迎えてくれた。
以前に増して愛しい家族。しかしその愛情は違っている。
得度の影響力は多大だ。説明は出来ないが、柔らかい愛情。慈悲。慈愛。
私はそれらを溢れさせる泉の名前を頂いた。

真言宗、空海様大好きの主人も得度を希望している。
私が戻った翌日に頭をまるめ、白足袋に作務衣姿で数珠を持ち、毎日釈迦岳という山に登っている。
頂上で般若心経と真言を唱えているらしい。
iPodから流れるBGMは理趣経。
・・・・私より僧侶らしい主人。夫婦(めおと)僧侶誕生も間近だ。

南海鉄道に乗車し高野山に向かう時から、私にこびり付いていたネガティブブロックが
ゆっくりと溶けていった。
今、ようやく穏やかに氣が流れるようになった(様な気がする)。

これからは日常生活が修行の場と考え、「密教的な視点」を養っていこうと思う。
そこに存在していても見えなければ無いも同じ。
「存在している見えていない真実」を見る事が出来る様に、
コントロールを受けない精神力を得る様に過していきたい。

立場が人を変える。私は高野山真言宗の僧侶となった。
単純ですが変わった。生まれ変わった。

全てのご縁に感謝。

最後に、得度まで大変お世話を頂いた小林阿闍梨。
得度式をして頂いた常喜院の加藤阿闍梨様他僧侶の方々、
宿坊でお世話を頂いたスタッフの方々本当にお世話になりました。

また、今回得度をご一緒頂きました様。全てのご縁に感謝致します。
仏縁に感謝。

 慈泉