得度を受けて

by 勝慧
得度に至るまでのきっかけ


今の時代は、変化が激しく、多くの人が目先の事柄に振り回され、
自分や自分の周囲の人間を守ることだけに必死になり、

社会全体、人類全体のために自分がどのように考え、行動すべきか、を考えることが少なくなり、
我利我欲のみの追求になっているような気がしています。

私の職場においては、うつ病などで心身を患い病気休職者が出て、
さらにその休職者の業務を肩代わりする者も負担が多くなり体調を崩す、という
染病的に次々と病気休職者が出ている状況です。

このような人たちは、復職してもまたすぐに体調を崩して休みをとる、といったようなことを繰り返しています。

このような状況をみていると、決して他人事ではなく、明日は我が身、と思わざるを得ません。

そこで、自分なりに思ったのが、うつ病などの精神的な疾患は、
幸せを感じることが少なかったり、自分なりの心の支えがなかったりするからそうなっちゃうのかしら、
と思い、幸せとは何だろう、といろいろな本を読みましたが、

読み漁った本のひとつに、般若心経を読むと心が落ち着く、などと書かれていたので、
般若心経を解説した本や仏教関係の本を読むようになりました。

しかし、本などを読んでいても、実際の生活において、
仏教の智慧を念頭に、それを活用できるかとなると、なかなかそこまでには至らず、
いささか観念的なレベルでとどまっていたので、

実際に勉強させていただくところはどこかにあるかしら、と思い、ネットで探していたところ、
まんだらや密教研究所のホームページを見つけ、

真言宗や虚空蔵求聞持法にも興味があったので、得度の申込みをしようと思い、
得度をしたい理由などについて長々と記載して、小林先生へ申込みのメールを送らせて頂きました。

その後、返事がきて、得度前に一度、まんだらや密教研究所へ一度、来所するよう指示があり、
平成23年7月2日に日程調整をし、まんだらや密教研究所へお伺いすることとなりました。


まんだらや密教研究所にて


7月2日、まんだらや密教研究所へ赴き、そこで初めて、小林先生と対面させていただきました。

お会いする前のイメージでは、おそらく声が大きくて、すごい元気な人なんだろうなと勝手に思っていたのですが、
実際、会ったときにそのとおりだったので、
イメージとの一致に驚いたのと同時に安心もありました。

まんだらやでの会話の一部

小林先生「なぜ、得度しようと思ったの?」

当方「へっ?」

そのとき、私は、先日の得度申込のメールにて、得度の理由についても記載して差し上げていたはずでしたので、
それについては、小林先生はもう既に承知済みであると私は認識していたため、
不意をつかれて、つい、そのような失礼な反応をしてしまいました。

そして、先日のメールの長々とした得度の理由について、どうやって簡潔に説明しようかしらと考えていたところ、

小林先生「あっはっは!」「ところで、名前の方は決めてある?」

当方「いえ...。実は何をどうしたらいいのか、皆目見当つかなくて...。」

ここまでの会話で、おそらく小林先生は、「こいつ、大丈夫か?」なんて、心の中で思われたに違いありません。

そこで、小林先生の方から、お経の中で使われている文字から取る人は多いよ、と言われ、
それでは私も、と小林先生の経典を拝借し、名前として使用できそうな文言を探していたところ、

外国の方でコーミー(鷲峰)さんという方がいらっしゃり、急に騒がしくなり、
何かとざわざわとした中であれがいい、これがいい、と30分くらいかけて、検討したところ、
理趣経の百字偈中の「勝慧」という文字を名前として戴くこととしました。


得度前日


平成23年9月14日 朝、大阪から出発したが、途中の「橋本」から「紀伊清水」の区間は
先日の台風12号の豪雨の影響で臨時バスでの移動。

バスを降りて、再び電車に乗り、「紀伊清水」から「高野山」までは
深い山の斜面の木々の間を分け入るようにして電車が通っていく。

このような山奥に線路を敷くための工事は、大変だったであろう。
作業を行った人たちの中には命を落とした人もいたかもしれない。

それを思うとありがたいという感謝の気持ちを持たずして乗ることは出来ない。

お金を払い、電車に乗り、その間に景色を眺めたり、居眠りをしているうちに、目的地に着く。
たしかに、便利で楽である。

しかし、高野山という聖地に向かう人間がこれで良いのか、という疑問も心の片隅にはある。

自分の足で歩き、一歩ずつ聖地に向かい、その過程で、きついという思いを克服したり、
俗世間にまみれた心の垢を落として、浄心の状態で聖地へ入るのが理想だと思うが、

現実は、仕事や時間に追われる現代人にとって、何事もさっさと済ませなければならない。

よって、一歩ずつ歩いてなんて、そんなことはまず無理だよなぁ...。
などとジレンマめいたことを考えながら、高野山到着。

高野山の駅からバスに乗り町まで降りてゆく。
バスから降りて、町の空気はいかがのものかと思いきや、バスから降りたとたんに、そのバスの排気ガスを食わされる。

私は、高野山に歓迎されていないのかしら、などと思ってしまう。


町の印象は、寺の多い田舎町といったところか。
山の上なので、涼しい場所かしらと思い、長袖を着て来たのだが、意外に暑い。

集合時間の14:00まで時間があったため、集合場所の常喜院の場所を確認し、
その後、大伽藍などを見学した。

        

根本大塔の中で大日如来さまを拝観、参拝。大迫力である。

大日如来様に手を合わせ、その後、奥の方に進もうと思ったときに、帽子をかぶっていることに気付く。
慌てて帽子をとり、「あいっ!...。やってしまった!!どうしよう...。」

再度、大日如来さまのところに戻り、「大変、失礼いたしました...」と手を合わせる。

大伽藍、霊宝館などを見学後、和装石橋へ注文していた法衣をとりに行く。

其処で偶然小林先生とお会いし、一緒に常喜院へ向かう。
そこには既に他の得度希望者の方々が何名か待機していた。

14:00には全員集合する時間のはずであるが、沖縄の人が2名おり、その方達がまだ到着していないとのことであった。
私以外にも沖縄の人が2人も居ると聞き、驚きであった。

この時間は、装束の着方や三礼について、説明を受け、練習をした。
三礼の際には珠数を落とさぬよう、口酸っぱく注意を受ける。

説明を受けたあと、大伽藍を参拝する。
各お堂に向かい、般若心経や真言を唱えて、参拝する。

他の皆さんはずいぶん真言を唱えるのがうまい。
十三仏真言しか知らない私は、参拝前に配布された資料を見ながら、各真言を唱える。

参拝後、風呂、夕食を済ませ、19:00より勤行。般若心経、不動明王様の真言を唱える。

一時間程度の勤行であったが、正座をすると、私の場合、通常ならば20分程度できつくなってしまうところなのだが、
不思議なことに、この勤行の間の一時間があまり苦にならなかったことには驚いた。


得度当日


朝5:00起床し、6:00より勤行。厳かな雰囲気の中、理趣経の読経。
その後、朝食をとり、丁子湯を浴び得度式に臨む。

白装束に着替え、入堂し、そこで准胝(じゅんてい)観音の真言を唱え、いよいよ得度式となる。

緊張し、珠数を落とさないよう、三礼が皆とずれないように注意する。

加藤住職の前に呼び出され、一人ずつ頭の三箇所に棒のようなものや剃刀をあてられ、
その後、黒い衣装と袈裟を着て、三礼などをおこなう。

最後に加藤住職からお話があり、儀式を終え、写真撮影を行った。

         

得度式終了後、弘法大師様へ得度の報告のため、奥の院への参拝をする。

入り口で写真撮影後、列をつくって、光明真言を唱えながら練り歩く。

         

最初はいろいろなお墓があり、珍しさのため、目をきょろきょろさせながら、真言を唱え歩いていたのだが、
他の参拝客が私達の列に手を合わせていることに気が付き、きょろきょろしながら歩いている自分が急に恥ずかしくなり、
なかなか見苦しいので、下を向き、目を半眼にして、ひたすら光明真言を唱えて歩く。

弘法大師さまが入定しているところへ到着。

そこで般若心経と南無大師遍照金剛を唱えたが、般若心経を唱える際に、線香の煙がむせて、咳き込んでしまう。

「ありぁ、これでお大師さまにちゃんと得度の報告ができたのかしら?」
夢の中に出てきて、お大師さまからお叱りを受けたらどうしよう、
などとびくびくしながら、その場を後にする。

休憩後、奥の院を出て、常喜院にもどり着替えて、食事をし、解散。

得度を終えて


得度により、真言密教の世界へ入り、スタートラインに立たせて頂いたという心持ちです。

今後、真言密教の深遠な世界を探求していくことにより、
これまでの自分自身の思い込み、固定観念、世間の常識、価値観にとらわれることなく、

多角的な観点から、この世界でおこるあらゆる事象や物事の本質・真理をつかむための
柔軟な考えや大きな心を養って生きたい所存です。


今回の得度をするにあたり、ご縁を取り持ってくださったまんだらや密教研究所の小林先生を始め、
常喜院の加藤住職、三礼の稽古、衣装の着付け等をしてくださった常喜院の方々には、大変お世話になりました。

感謝いたしております。ありがとうございます。

これから密教の世界を探求していく上で、小林先生の方にはいろいろと尋ねることもあるとは思いますが、

今後とも、ご指導の方、是非宜しくお願いいたします。

平成23年9月 勝慧