「高野山得度の旅」に参加して
2009年3月16〜17日

by 宗明

「得度」を受けたいという気持ちが淡路七福神参りの結願に近い頃から出始めました。
しかし調べてみると、誰でも「得度」してもらえる訳ではないことを知りました。
「出家するにはお寺の親族か、または証明人さんがいる」という壁にあたり、
ネットで探すこと数ヶ月、散策していた時たまたま「高野山得度の旅」を見つけました。

はじめてのEメールで申し込んだところ、快く聞き入れてくれた「まんだらや」さん
ありがとうごさいました。

だけど、私にとってはいくつかの不安がありました。
果たして私でも出家出来るだろうか?
出家してしまった後はどうなるのだろうか?など、はやる気持ちと不安とが交錯する中で
当日を迎えました。



3月16日午後4時、高野山常喜院へ集合。私一人が高野山ふもとからの参加です。
他の参加者について人数しか聞かされておりませんでした。

一足先に常喜院へ到着した私は荷物を預けて、見慣れた風景を見ながら、
ぶらりと付近を一週して寺に近づいたとき向こうから「〇〇さ〜ん」の声。
小林先生でした。他にそれらしき若い人が4人同行しています。

彼らこそ今回ご一緒させていただく玄明さん、道明さん、宗順さん、白明さんでした。
(この時点ではまだ僧名はありません。)  
まだ、どの屋根下にも落ちた高さ30〜40cmの雪が、箱庭のアルプスのように
連なっていました。

白衣・空衣・如法衣など買い物を済ませ常喜院へ預けた後、再び外に出ました。
太陽が西に落ちかけた夕刻、ジーと冷える。

小林先生から伽藍参拝時の真言を記した紙片を渡されます。
そして先生の後に続いて大門の方角へと黙々と歩く。すぐに大通り脇の広場に到着。

小林先生のやや甲高い声に続いて「般若心経」を大門に向かって拝む。
夕刻の人の行き交う道路脇、なかなか大きい声が出ない。

その後、金堂・六角経堂・御社・準てい堂・御影堂・根本大塔と巡りました。
その度にそれぞれの建物の前で異なった真言を唱えます。

この真言が舌の噛みそうな文言ばかり。
加えて足下は雪が溶けてシャーベット状、乾いている所がない。
時間が経つにつれ手の指先、つま先が冷たい。グングンと冷えてくる。

少し暗くなりかけた頃常喜院へ戻る。
これが壇上伽藍の参拝でした。



部屋に戻って簡単な自己紹介、だんだんと皆さん話も出始めた。
夕食時、小林先生のリードで改めて自己紹介、中でも道明さんは
「禅寺での食事」と「大きい釣り鐘の中で聞いた鐘の音」の話で皆さんを笑わせ
雰囲気を一層和らげてくれました。

小林先生は何かと気配りをしてくださいました。
英語での般若心経も初めて聞きました。

食後は、皆さん得度式に備え、今日買ったばかりの白衣、空衣などの
レッテルやしつけ糸はずしに、そしてたたみ方、また先生からは三礼の仕方など教わり
入浴後床に。その夜は何故かあまりよく眠れませんでした。

金剛峯寺の鐘(6時の鐘)だろ
うか?夜中0時頃?「ごぉ〜ん」「ごぉーん」と30回ぐらい
重々しく鳴っていました。
しかし、その音は決してやかましい音ではなく、心の奥底が洗われるような
澄み切った清らかな響きでした。



3月17日、皆さん早くから起床。6時からの勤行に出るためです。
小林先生が迎えに来られた。慌ててお堂に入ったときにはもう読経が始まっていました。
それが終わると、住職さんから私達(受者)を迎え入れのお言葉がありました。

ここで初めて「私は、僧侶になるために今ここにいるんだ。もう俗世間と離れているんだ」と
感じる一瞬でもありました。

勤行から戻ると部屋の寝床は片付いていました。
隣の部屋の配膳が終わるのを待って朝食。

食後しばらくすると執事さんと思われる方が来られ、得度にあたっての準備や注意事項などの
説明がありました。

10時まで3時間あまり空き時間が出来、みなさんのいろいろな話が聞けました。
しかし部屋の中は窮屈です。
コーヒーでもと5人全員で外に出ましたが、開店している喫茶店はありません。
都会とは違う、ここは高野山だ。やむを得なく戻りました。



時間が迫る。何となく緊張感が走る。

得度式に備え、清めの丁字湯に入る。
そしていよいよ眞新しい白衣に身をつつんで本堂へと廊下を進む。

外の軒下には雪の連山。
誰も話さない。
准胝観音の前で整列正座、合掌して真言のみを唱える。

オン・シャレイ・ソレイ・ソンデイ・ソワカ

 

凡そ20分ぐらい唱えただろうか?正確な時間は解らない。
足の痺れを感じ始めた頃、三礼のご指導を受けました。

間もなく阿闍梨さまはじめ数人の僧侶、証明人さんが入場された。そして私達も入場。
凛とした張り詰めた空気の漂う中、読経、こうして厳粛なる儀式が始まりました。


阿闍梨さまの読経のあと三礼が続きました。

まず氏神様に三礼、合掌したまま右足から立ち上がります。
正面に向かって軽く一礼、左足を引いて そのまま正座、手は合掌したまま頭上に伸ばしつつ
体を前に倒し額を床に付けます。
合掌した手を離し頭の上部手のひらを上に向けて持ち上げ持花印を結びます。
次に体を起こしながら合掌し正座の体に戻します。(五体投地)           

この行為を3回繰り返します

次に国王に三礼、前記同様の行為を3回
続いて、父・母に三礼   前に同じく3回         

この時、私は何度となく転びそうになりました。原因は白衣の丈にありました。
高野山は寒いという概念から、丈の長い目の白衣を買っていたのです。
しかし一度、後足で踏みつけた白衣は身懐が後ろに返って後ろ丈が逆に長くなり、
立ち上がる度に踏んでしまったのです。

隣が玄明さんでしたか?たぶん吹き出していたんじゃないかなあ。(笑)
私は毎回よろけて皆さんより遅れるから緊張の中、必死でした。
たぶん1〜2回出来なかった。(泣)  
※今後、万一白衣を購入する時があるならば丈の短いものを求めます。

そのあと一人ずつ大阿闍梨さまの前に出て確か一礼したと記憶しています。
儀式名?を受けた後、間仕切りの後ろで右・左・頭頂の3カ所の髪を少量切って懐紙に包み、
白衣の左袂に入れてもらい、同時に空衣を着せていただいた。
(予め、空衣・如法衣は事前に渡しておく) 

如法衣は、どの時点で着せて頂いたか?確かな記憶がありません。
再び元の位置に正座し、皆さんが終わるのを待ちます。

       

「得度」 再び名前が呼ばれ、大阿闍梨さまの前に出て指示に従い、
シキミの小枝を3回輪を書くように大阿闍梨さまとやりとりします。
そして僧名を頂きます。

再び間仕切りの後ろで僧名を胸にさして貰いました。
ここで初めて数珠が手に渡されます。

最後は般若心経といくつかの真言を唱和したように思います。
続いて阿闍梨さまはじめ私達の得度式のため参列いただいた僧侶の方々と記念撮影。



一旦部屋に戻ったあと、奥の院へ報告ため出発。天気で良かった。

参道は光明真言を唱えながら一列に並んで歩を運ぶ。
道中、途切れることのない参拝者の中に、所々で私達の為に足を止め合唱し、
見送って下さる人達がいた。

私は何かこそばい様な変な気持ちになった。
自分では解らないが外見だけは僧侶でした。

奥の院で神殿を中心に時計回りに紙片と数珠を片手にそれぞれの真言を唱えた。

※弘法大師御廟にお供えするお線香・ろうそく代の小銭が必要だったが、
 気がつかず先生にお借りしました。
 どこに行くにしても、お参りはお賽銭の小銭を用意してから…。

そして常喜院へ戻ったのは丁度お昼頃だったでしょうか。
みなさん電車の都合もあり昼食も取らず散会となりましたが、ご一緒して下さった皆さん、
この度はたいへんお世話になりました。
また、常喜院のご住職さんはじめスタッフの皆さんありがとうございました。

最後に小林先生、お陰様で「出家」させて頂きましたこと重ねてお礼申し上げます。
道場において大阿闍梨さまはじめ得度式に臨んだ僧侶の方々、受者全員の真剣なお気持ちが
今も伝わって来て、私自身も正にリバース、生まれ変わった(再生がかなった)ように思っています。



高野山のふもとに住みながら、両壇伽藍の参拝は初めてでした。
その後、5月4日金剛峯寺の胎蔵界結縁灌頂を受戒しました。
次の金剛界の結縁灌頂は10月始めにあり楽しみにしています。

「まだまだこれからだ。」なのです。
銭が出来れば四国巡りをして人生を終わりたいと願う昨今です。

宗明