得度体験記 

by 松尾空也
 
 得度に向かう電車の中で


平成二十六年三月十三日、極楽橋行きの「高野一号」の車中で流れゆく風景を眺めながら、46年の人生を振り返っていました。

子供のころより人となじめず虐められ、そのはけ口が、強いものへのあこがれから「やくざ」に親近感を持つようになりました。
そして組織には入らなかったものの「やくざ」の身なりや行動を真似するようになりました。

せっかくの青春時代を、意味のない時代にしてしまったという後悔の思いで一杯になりながら、
高野山に向かう電車は極楽橋に着くのでした。

ケーブルカーで高野山に向かうときに、
「もう終わるんや、今までの惨めな人生は、終わるんや。明日の得度をきっかけに、僕は生まれ変わるんや!」

そう決意しました。

高野山駅に着いてから、大門めがけて土砂降りの雨の中を「南無大師遍照金剛」と御大師様の真言を唱えながら、歩きました。
この雨が過去の悪さを洗い流す「禊の雨」に思えたのです。

歩きながら、得度に至ったこれまでの経過を思い起こしました。


 高野山へ通うようになる理由


昨年の七月、大型旅客船の機関士の仕事中に、船内自室で、急に「高野山に行かなければならない!」と思い立ったのです。
この思いは消えることなく続きました。

宿坊を捜し、予約を取り、下船後まっすぐに自家用車で高野山に向かいました。
高野山には小学校の頃、遠足で来た思い出しかありません。

車を走らせると突然視界が開け、大門が現れます。
高野山の入り口、巨大な山門で車を降り一礼して道を進みました。

通りを進むと、右側に霊宝館があります。
「博物館みたいやな?どんなお宝があるんだろう?」何気なく車を降り入館してみました。

順路に沿って進むと、最初に大きな阿弥陀様が鎮座されています。

「ごついな~!」そう思った瞬間、僕の頭の中で「お前が来るの、わかっとったんやぞ~!」という声が聞こえてきました。
はっきり声がしたのです。

霊宝館の客は僕一人でした。
驚いて、ただ立ちすくんでいました。

手を合わせてしばらくの時間、動けませんでした。

その後、壇上伽藍を参拝し、奥の院まで歩きましたが、参道のすがすがしさに心打たれました。

その後、仏教体験講座のお宿に入り、写経やお経を8名のお仲間と学びました。
ところが、その中の二人組が食後の酒で酔っぱらって、写経用紙を破くなどの狼藉でした。

そこで、「来月また来るぞ!」と心で誓い、高野山のDVDを見ながら休みの来るのを心待ちにしました。

翌月は、心静かに写経をし、阿字観体験にも参加しました。

大師教会にて受戒の儀式も体験できたこの日は、九月二十八日、僕の46歳の誕生日でした。
きっとお大師様が導いてくださったのだと思ったのです。

宿坊で出る精進料理を楽しみながら、深い心の安らぎを感じていました。
「やくざ」にあこがれていた私が「菩薩十善戒を守らなければ!」と思うようになったのです。

船の中でもパソコンは使えます。
年が明けた二月に「もっと真言宗を知りたい。もう一歩お大師様に近づきたい!」と思うようになって、
パソコンで調べているうちに、「得度」という道があることを知りました。

「まんだらや密教研究所」の文章を読み進めるうちに、決意が固まり、東京の小林先生のもとへ電話を掛けました。
上京し、お話を伺ううちに小林先生の柔和な笑顔の中に、凛とした芯を感じたのが第一印象でした。

気さくな先生のお話を聞くうちに「僕でも得度ができる。」と強く思うようになりました。
仕事の状況もとんとん拍子に進み、得度予定日にお休みが取れることになったのです。


 得度の前日


高野山駅から雨の中を大門に向けて歩くうちに、僕の過去の罪を洗い流す大雨なんだと思え何か嬉しくなりました。

小一時間歩いてたどり着いた大門を見上げると、大きく強く威厳があります。
深く一礼して門をくぐり、霊宝館へ向かいました。

あの阿弥陀様の前へ進み、「ご縁がございまして、このたび高野山にて得度を受けさせていただくことになりました。
大変うれしくありがたく思っております。」とご報告いたしました。
残念ながら、この時、阿弥陀様は何もおっしゃりませんでした。

伽藍を通り、常喜院に向かいました。
小林先生や得度の方々、「まんだらや」のお仲間の方々もお集まりでしたが、緊張感でうまくお話ができませんでした。

夕食後に、本堂をお借りして「般若心経二十一巻」を御唱えしました。
太鼓の勇壮な大音響と夢中で唱和するお仲間たちの声が本堂に響き、忘我の時を過ごせました。

でも正座を続けることができずに、足を崩してしまったことが残念でなりません。
もっと長く正座ができるようになる。これが僕の課題として残りました。

夜には、まんだらやのお仲間から、得度についてだけでなくいろいろなアドバイスをいただき、床に就きましたが、
翌日のことを思うと心配で目が冴えてしまってゆっくりとは眠れませんでした。


 得度の日


この日、障子を開けると雪景色でした。

「この雪のように、僕は真っ白に生まれ変わるんや!」

昨日の雨といい、今日の雪といい、僕の業の深さを感じてしまいました。
でも、生まれ変わるんです!

朝六時、朝の勤行に皆様が参加して、得度のメンバーも大阿闍梨様からお言葉をいただきました。
食事を終えると丁子湯で身を清め、白装束でお坊様のお迎えを待ちます。

僕は一度死んで、仏の子として生まれ変わるのです!

受者三名は、お迎えのお坊様に従い本堂に入ります。
屏風で仕切られた手前の場所で、正座で真言を唱えます。

二十分ほどでしょうか、足のしびれは限界に達しています。
「足の血が止まってもかまへん!」と思い我慢しました。

呼ばれて、屏風の奥へ進むと皆様が一列に並んでお待ちです。
そこで受者は三礼をします。

前日の練習の成果がここで出たのでしょうか?
お話に伺ったように儀式は進みました。

皆様のお手伝いで、白衣から、法衣、そして袈裟を付けていただき、死に装束から法衣を付けた一人前の僧侶の姿になったのです。

この時より僕は、松尾空也という名前になったのです。
生まれ変わったのです。

その姿を、写真館の人に写していただき、奥の院にいらっしゃるお大師様にご報告です。
中の橋から、光明真言を唱えながら、小林先生を先頭に二列で歩きます。

すれ違う方々は、カメラを向けたり合掌をして迎えてくれます。
少し恥ずかしいやら誇らしいやら、複雑な気持ちで歩きました。

御廟前にて「高野山真言宗で得度させていただきました。本当に嬉しく思っております。
今日からはお大師様の御心を忘れずに、同行二人の生活を続けてまいります。」とお誓いしました。

帰りのケーブルカーの中で、心の中が温かく満たされていることを感じ、満足感でいっぱいになりました。

                       


今回の得度をきっかけとして、僕自身が良い方向へと導かれることを感じています。

そのお手伝いをしてくださった、小林先生や常喜院の皆様、「まんだらや」のお仲間たち,
本当に心より感謝しております。

もうこれからはブレたりいたしません。
僕の体の中心には「高野山真言宗」というまっすぐな指針が貫かれているからです。


これから先の残りの人生は、地に足を付けて、まっすぐ歩いて行けそうです。

お大師様とともに!!


                         松尾空也