秩父観音
花の巡礼・2
      
      

タロットの愚者は道を求めて歩む私たちの姿。
理想は高みにあるけれど、歩む道はぬかるんでいて・・容易には届かない。

      

その場所は光り輝く理想のシャンバラ。
仲間と集える修行者の魂を持った人々が集まる浄土。
太陽(アミターバ=阿弥陀如来=無量の光り)が輝く理想の場所。

日本の人はそれを「毘廬遮那の世界」とか「大日如来」の世界とか「天照大神」の世界と呼んでいた。

       

高みの途中には、道を求めた修行者が灯明を照らして待っている。
旅の途中の杖を休めて。
旅籠の主人のように。

歩みだしてみよう。
道を求めて!!

巡礼・写経・読経・真言・瞑想・滝行・・・・

タロットの愚者は未来の方向を見ているが、隠者は過去の方向を見つめている。
過去には多くの智慧が潜んでいるから・・・。

密教の秘密という文字は・・・禾偏(のぎへん)に必と描く。
のぎへんは穀物のような宝。
必は扉にかんぬきの棒で入れないようにしている象形文字。
大切なものを隠してしまう様子。巾着の紐のように。

求めないと、宝物は得られない。

秘密は如来が隠しているのではない。
あなたの認識が「誰かの言ったことを信じているから」、閉ざされてしまっている。

多くの記憶力と、それを読み解く構成力が、真実を知る力となる。
ビジョンクエスト(覚りへ道)は、グノーシス(叡智)なしには得られないものなのだ。

観世音菩薩・信仰と巡礼


慈悲・救済を特徴とした菩薩の名前で、サンスクリット語ではAvalokitesvara(観察することに自在な)。
観自在の漢訳がクマラジュの頃、観音菩薩と変化した。

華厳経の中では、善智識の一人として補陀落山(ポータラ)に住むという。
日本では和歌山県の那智から海に出ると、そこに行き着けるという信仰になった。

     

聖徳太子の法隆寺夢殿観音以下多数の観音像の作例が残されている。
祖先追善供養や現世利益の信仰に結びつく。

飛鳥時代から奈良時代にかけては、除災の力に対する信仰だったが、
10世紀頃から浄土信仰に結びつき来世的色彩を帯びる。

1161年、観音の33身にちなんで三十三観音札所が西国霊場として始まる。
その後13世紀には坂東三十三札所、15世紀には秩父三十四観音霊場が成立し、
百観音による大衆の巡礼信仰が盛んになる。

白紙の御朱印帳や掛け軸に御朱印をいただき霊場めぐりをすると、
霊場の功徳を分け与えられるという信仰があり、病人や現世利益のために巡礼する人々も多かった。

このような目に見えない力に対する信仰は、西欧社会の持つ唯物論の世界観の流入と共に
なくなりつつあるようだ。

       

写真の軸は白紙が12,000円、今回の秩父三十四観音巡礼で一回500円・・17,000円。
合計29,000円かかりました。
皆達筆で恐れ入ります。

歩き遍路の意識体験


歩き遍路は始めての体験でした。

朝は7:30に出発、夕方は3時ごろには戻ってきました。
7時間ほど歩いているのでしょうか?
この状態を5日間体験しました。

     

巡礼が終わってレッド・アロー号でM君と今の状態を話し合いました。

私には、電車の周りにいる人の気持ちが、オーラが、エネルギーが手に取るように解ってしまうのです。
彼もそうでした。周りの人々が柔らかいベールをかぶっているようなんです。

観音経を祈っているときには、背後の空間に存在する何かを感じていました。

5日間、酒もつつしみ、観音様のことを思い、人にも会わずに過ごしました。
意識がピュアーになっているのです。

この感覚は高野山に長期に篭もったあとで、山から降りてくるときにも感じました。

意識を内側に向け続けていて、あるとき突然外側に意識を置くと、
自分のエネルギーと人のエネルギーの違いが気配でわかるのです。

ひたすら歩き続ける・・瞑想体験のようでした。
足の裏の柔らかい感覚。
目線はほとんど足元に置きながらも、感覚は里山の暖かい春の日差しに包まれていました。

部屋に戻ってからは、私はM君に「密教タロット」を教え、
彼は「葬儀次第」の実践方法を伝授してくれました。

瞑想も意識を一定にさせるのですが、7時間という長時間の瞑想はしたことがありません。

タロットマンダラや、華厳経の善財童子の覚りへの旅のように、巡礼の修業体験は、
ゴールの三十四番目のお寺を目指す、意識成長のプログラムなのでした!!