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人里はなれた吉野の山に隠遁していた西行は、春になると人々が集まり
静寂を乱すので煩わしいと思っていました。
「花見んと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の 咎にはありける」
(桜の美しさが災いになって、人は表面の美しさで惑わされ、浮かれて山に来る=桜の美しさが 悪いのだ)
ところが、花を見に来る人々にとっては、そうではないのです。
「見渡せば 柳・桜をこきまぜて 都は 春の錦なりけり」
その晩、西行の枕元に桜のスピリット(精)が現れ西行を諭します。
「非情無情の草木の 花に浮世の 咎はあらじ。
浮世と見るも 山と見るも ただその人の 心にありけり」
私も実は 人々が浮かれている様子を見せる 桜の開花が好きではありません。
特に桜の下で多くの人の集まる宴会が苦手です。
その私ですが、大自然に包まれた秩父盆地の花々は大好きなのです。
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