秩父巡礼 第3回 2008年9月11日

2008年9月11日。
あれから7年目の今日、秩父を巡る。

朝、このところの天候不順続きでどうなるかと思っていたが、
どうやら晴れていることに気づく。

「まんだらや」を、朝8時過ぎに出発。

今回は3名での「秩父巡礼」となった。


東京と隣接する埼玉県。
その西北から南部に流れる荒川を境に、一方は関東平野、
もう一方は300メートルから2000メートルほどの山々となっている。

そのあたりを、秩父多摩国立公園といいます。

秩父の歴史は、崇神天皇(「古事記」「日本書紀」に記される第10代の天皇)のころ、
知々夫国として開かれ、知々夫産命が来任し、国の総鎮守として
知々夫神社が祀られたことにはじまる。
後に知々夫は「秩父」に改められ、武蔵国の一部となった。
(参考 「秩父観音巡礼 平幡良雄」)


今回は、二十八番・橋立寺からのスタート。

武甲山西麓、切り立った65メートルもの岩壁をまるで背負うかのように
その朱塗りの観音堂は佇んでいた。

こちらの本尊は、珍しい馬頭観音。
西国や坂東など含めた百観音霊場で、この観音さまは2か所のみ。

奥の院は鍾乳洞。
長さは百数十メートルあるといわれていて、中に入るとコウモリ達が
あちこちで飛び回っていた。

岩々は、形によってか龍や仁王の足などの名前がついている。
その名前の通りの感じを受けるところが面白い。

どこか厳粛で、かつ圧縮されたエネルギーのあるまさに「胎内」。
何かを生み出したくてしかたがないのだろうか……。

こちらは修験者によって創建されたと推定されていて、明治の修験道
禁止令まで修験者が管理し続けた札所であるらしい。


続いて、二十九番・長泉院。

こちらの本尊は聖観世音菩薩。
参道の手前では、延命地蔵さんが優しくお迎えしてくれている。

本堂正面の欄間には、咲き誇る桜を描いた『法楽和歌』の板額を掲げている。
葛飾北斎が『北斎燈火』の下図に描いたものとされているそう。

ふと時間を忘れそうな、どこか異世界感ただよう寺。


続いて、三十番・法雲寺。

秩父鉄道終点・三峰口のひとつ手前、白久という駅から近い。
荒川と鉄道の線路に挟まれた道を車で向かうその道中、秩父という地の、
往古の風景に想いを馳せるのも悪くない。

あとでわかったことだが、この近くの七ツ滝には不動尊が祀られているらしい。

山裾にある観音堂は美しく、何ともいえず落ち着ける。
綺麗な寺である。

本堂から見下ろす風景は、たおやかに美しい。

こちらの本尊は如意輪観音。
不空三蔵が開眼供養したとされる。
その縁起ゆえか、楊貴妃の鏡や天狗の爪、龍の骨などが……。

……こうして、時間はゆっくりと午後へと向かう。


日本武尊が東征の際、自らの甲(かぶと)を岩室に奉納したという
伝説のある秩父の名峰、武甲山。

武骨なこの山も石灰採掘により、「勇者の肩を怒らせるが如し」と
評された山容も変貌してしまっているが、その威厳は、近くにいけば
ひしひしと伝わる。

男性的なこの威容に見守られるこの地で約120年前、この地方のみならず、
群馬、長野の三県にまたがる大きな事件があったことは
いまではほとんど知られていない。

明治維新以後、はじめて民衆が政治の表舞台に立った
大きな意味ある事件とされる「秩父事件」。

「草の乱」という映画の題材ともなっているこの事件を知ることで、
武甲山に象徴される秩父の底辺に流れる、気骨の意味を知ることにもなる。

地元でも細々としか語り継がれていないこの蜂起が、
信仰厚きこの地で起きたことにも、歴史の真実があるのだろう。


二十五番・久昌寺。

本尊は、聖観音菩薩。

観音堂と久昌寺にはさまれるように弁天池がある。
そこに、ひっそり、でもはっきりと佇む蓮の花。

そして、二十四番・法泉寺。
116段ある石段を登りきった先に、観音堂がある。
本尊は、聖観音菩薩。
昔は、十一面観音が本尊として安置されていたらしい。

ここまで、この日5つの霊場を巡ったことになる。
静かで、厳しさのなかに優しさの香る寺々ばかりで、
今日はこのままこの雰囲気でフィナーレかと思いきや……。


この日最後に訪れたのは、三十二番・法性寺。

本堂から100メートルほど離れた、石段を登った先に観音堂がある。
その後ろには大きな岩窟があり、多くの地蔵、仏像、仏塔が立ち並ぶ。

石段の途中には、トンネル状の空洞が。

「そこは、冥想できるよ」
という小林先生の言葉どおり、かつてはここで多くの僧が座禅をしていたような、
一種独特の「場」が広がっていた。

小林先生とKさんは、そのまま観音堂へ。
ボクは、そこでしばし冥想することに。

……やはり、岩場での冥想はちがう。
ひんやりとした空間に、独特のエネルギーが漂う。

クッと意識の奥深くへと……というころ、ガヤガヤと人の気配。
巡礼ツアーの方々らしい。

ほどなくそこを離れ、奥の院に向かうことに。

……おおよぞ500メートルあまり続く、道でもないような山道。
途中には十三の石仏が並ぶ。

まさに岩壁をよじ登るという表現がぴったりくるような、
急な勾配のところもある。

頂上は、船が空中に突き出しているような一枚岩で、岩船山と呼ばれている。
行き着いた先には、なんと大日如来が安置されていた………。

なんでここに、大日如来なんだろう…。
と思いながらそこに立つと……絶景が広がる……。

ここは、秩父の山々を一望できる。

その景色を、優しく見守る如来像。

表現する言葉も見つからないほどの、素敵な感覚に包まれる。

そのなかでしばしの間、冥想。
下からは岩石の、上からはすぐそこにある天からのエネルギー。

260年前、ここに如来像を安置した方々は、一体どれほどの想いで
この急勾配続く岩壁を登ってきたのだろうか…。

ちょっと足をすべらせれば、命を落としてもおかしくないほどの道なのだから。

その少し下には、御船観音が船の先にいるかのように立っていた。
これまた慈悲に満ちた表情の、観音像。

降りてから気づいたのだが、下からこの観音像は遥拝することができる。
そこからは、まさに天空に浮かぶ船の先に、観音さまがいるように見える。
時間や天候に恵まれれば、光の中に観音像があるように観えることだろう。

「もう今日は、このイメージのまま帰ろう」

小林先生のその一言に、Kさんもボクも納得。
下の観音堂で少しなごんで、帰路となった。

帰る道中、どこかみなボ〜〜ッとしている。

思えば、今日は最初から「岩」に囲まれ、「山」を登り、
「森」の中でお経を唱えていたのだから、必然的に浄化が促され、
自然に深く癒されているのだろう。


翌日、如来像と天空からの風景に想いを馳せながら、冥想をしてみる。
……ほどなくその時の感覚がよみがえってくる。

意識のコードが配線されるからだろうか、一度でも体験があれば
すぐに「ソコ」になんとなくつながるようになる。

もちろん、記憶の鮮明さはやがて失われるが、感覚は意識の奥に刻まれる。

やはり、体験にこそ意味があるのだろう。

今回も、巡礼ご一緒させていただいた小林先生、Kさん。
そして、すべての御縁に感謝いたします。

田村 記