秩父巡礼 第1回 2008年4月10日

巡礼……

ついこの間まで、まったく自分には縁がないであろうことのように
感じていたこの言葉。

波動ヒーラーの講習中、実地訓練として「滝行」をしたいと希望した。
なのに、その当日は何年ぶりかの風邪ひき状態。

「何もよりによって今日でなくても…」と思いながらも、まあそうなって
しまってはしかたないと同時に思いつつまんだらやへ。

着いた早々、小林先生に「今日は止め」とダメ出し(当たり前か…笑)。
「代わりに、黒山三滝を見にいきながら、秩父の観音めぐりだな」

そう言われて行った秩父は…素晴らしかった。
空間の佇まいというか、あまり汚されていない、まさに「聖地」といった趣で
具合の悪さなどまったく気にならなかった。
(翌日は……でしたけど 笑)

今回の平日の秩父巡礼も、このような体験があって即行くことに。


さて当日の4月10日。

朝から雨の降るなか、男女入り混じり総勢12名。
車3台で、一路秩父へ。

「秩父の札所は伝説では文暦元年(1234年)性空上人を始めとする13人の聖者が巡拝し、
 札所を設けたといわれている。
 しかし、史料として最も古いのは32番・法性寺に残る長享2年(1488)の番付である。
 したがって長享2年以前に札所は成立していたわけだが、あまり時代をたどらず
 一般には室町中期のころと推定されている。

 当時は、観音経で説く、観世音の33化身に基づいて、西国、坂東と同様、
 33か所であったが、後に一か所(2番・真福寺)付け加えられて百観音札所が
 成立するのである」
                    (引用・秩父観音巡礼 平幡良雄より)

   


まず、何はともあれ一番札所・四萬部寺へ。

こちらのご本尊は「聖観世音菩薩」。
さすがに一番札所だけあって、雨だというのに人も多くいる。

ここで納経書を買い、いざ次へ。

三番札所・常泉寺ではやや雨脚が強くなってきた。
豊かな田園風景のなかに、その寺はあった。

ご本尊は「聖観世音菩薩」。
庭には不動池、不睡石などがある。

しかし、どこかかつてはもっとパワーがあったんだろうな……
という感じがしてしまう。

四番札所・金昌寺。
出迎えてくれた左右の金剛像と、大きな草鞋。
見れば思わず笑いが……でるかも。

ここは石仏の寺として有名らしく、江戸時代には3800体もあったらしいが、
明治政府の廃仏棄釈でその大部分が廃棄されてしまったらしい。

現在は1300体あまりしか残ってないようで、羅漢、観音、地蔵、不動、十三仏など
バラエティに富んだラインナップ。

山裾に並ぶ石仏群は圧巻。
でもやはり、ここで特筆すべきは「子育て観音」。

江戸時代の石工が製作したらしいが、その趣はまさに「マリア像」。
実際この像をそう呼ぶこともあるらしく、先の引用元には

「蓮台の上からは十字架に見え、その裏側にはカエルの彫刻があり
 ミ(御)カエルを意味しているという」

との記述が。

……よく見ておけばよかった。。。

5番札所・長興寺(語歌堂)は、ご本尊が「准てい観世界音菩薩」。

そしてここから、札所は一気に31番・観音院へ。

その途中、地蔵さまの大群を発見。
山を切り開いて、所狭しと水子地蔵がぎっしり並べられたその風景は
どこか寂しく、当日の雨がその情感をさらに増すかのよう。

到着し、門をくぐると300段近くあるという石段が。
女性軍から悲鳴があがるも、そこは容赦なく登る(笑)。

登っていく途中も、所々に石碑などがあり、しっとりしながら
上がっていける。

途中小林先生より「滝やれば〜」という声をかけられ、滝があることを初めて知る。

ここのご本尊は「聖観世音菩薩」。

案の定、到着したらすぐ目の前に滝が。
「聖浄の滝」といい、その脇には不動明王が立っている。

ふだんはチョボチョボした滝らしいのだが、今回は雨があったからか、
けっこうな勢いで流れている。

さすがに入らなかったが(笑)、落差60メートルあるというその勢力は
やはりその名称の示すごとく「聖浄」なエネルギーを存分に発していた。
この周囲は岩場で、岩壁には磨崖仏がおり、それらから発せられるエネルギーは
本当に素晴らしい。

     

本堂での観音経読経中、ここ数年なかった感覚が体内に起きていた。
声を出す際に、いつもある胸からノドにかけての引っかかりが、感じられない。
これまでいくつも札所で読経してきたから、多少出やすくなっていることは
あるにしても、あの通過感と痛快感は…ビックリです。

「場」と12名の参加者の方々のエネルギーの総和が、あのような体感につながった
のだと思うと、いや、本当にありがたいことです。

その通過感は、降りたらなくなったものの、大きな経験でした。

この日最後の札所、三十三番・菊水寺。
ご本尊は「聖観世音菩薩」。

観音堂内部は広い土間のようで、左右には額が。
「こがえし」と「親孝行いろは歌留多」というそう。


帰路につく。

参加者の方々、みなそれぞれどこか穏やかな顔になっている。

日常とはちがう、風景。
日常とはちがう、エネルギー。
日常とはちがう、人々との魂の交流。

秩父という、あまり人の手の入っていない空間ならではのエネルギー。
いくつかの「縛り」が、自然とほどけていったような気がする。


「祈る」という行為は、そこに広がる世界に影響を与える。

奇しくもこの日、ダライ・ラマ14世が来日された日。
チベット問題で揺れるこの時節に、この巡礼ができた意味は
集合無意識のなかでは、大きいのかもしれない……。

まんだらやに無事帰着後、ほとんどの方々で居酒屋へ。
それぞれに今日のことやとりとめのない話をしつつ、時は過ぎて
思い思いに解散。

みなさん、良き時間を共有させていただきありがとうございました。
また、ドライバーの方々、雨の中本当にお疲れさまでした。

次回、またお会いできますことを祈りつつ…。

田村 記