
食事を済ませ25番・久昌寺・・・24番・法泉寺を過ぎ・・・・
32番・般若山法性寺にやってきた。
入り口の山門に覆いかぶさるようにして、本堂が4階建ての位置にそそり立っている。
山門の仁王像は等身大の木彫で、ひび割れているが力のこもった作品だ。
「納経でない方は・・300円の入場料をお払いください」の立て看板。
「いやみな寺だな〜。」と思いつつ中に入る。
階段を登っていくうちに、本堂の威圧している意味が分かった。
急な坂の上にあるのだ。
納経所に御朱印帳を預け、観音堂に向かう。
山肌に続くお庭を横切り、いくつかの仏像を過ぎたあとに、石の階段が続いている。
右は岩を切り取った険しい男坂。左はなだらかな女坂。
坂の途中の左に、巨石文化のような岩が蓋をしている場所があり、覗いてみる。
冥想場所になっているのだ。
曹洞宗のお寺だから座禅に励んでいた先達の残したものなのだろう。

崖の上にはお堂があり、四方を縁側で囲まれている。
板の間を上がると、なんとも心地いい気が流れている。
中央の本堂に聖観音が奉られているが、奥は地蔵堂となり天井は岩が掘られていて、
多くの仏像、仏塔が置かれている。
縁側から杉木立越しに見る遠景は、京都・清水寺からの風景を思わせる。
岩は聖なる空間を演出する力があるのだろうか?
それが分かってストーンヘンジやストーンサークルが創られたのではないだろうか?
石は、それ自体が聖なる存在なのかもしれない!!
ピラミッドもそのようにして・・・創られたのかもしれない。
いつものように観音経を唱え、お経を終えるとみなフニャフニャになってしまった。
その床にごろり・・ごろり。
冥想しているのか睡眠しているのか・・至福の一時を過ごす。誰もいない観音堂。
「いや〜ここで雨の日に一日中座禅していたいね・・・!!」
「あっち(彼岸・浄土?)に行っちゃうかも・・・?」
まどろみのあとで・・理性が生じ・・「そろそろ行かなければ」納経所の下に降りると・・
「『観音堂は先日高校生が座禅会をしたので・・床が綺麗でしょ。』って言われたのよ」とA嬢。
あわてて私は聞きに行きました。
「すみません、冥想にお借りできるんですか?」
「ええ・・先日も高校生に・・・」
後の言葉はもうどうでもいいんです。
ここで冥想がしたいと思ったら・・・出来るのです。
帰りの車の中では・・次の企画で盛り上がりました。
何しろ「みんな違ってみな良い」まんだらの思想を持つ、個性的な人々の集まるグループなのだから・・・
あのお寺を舞台に、面白い企画が提案できるかも知れません。
お楽しみに!!
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