如来・菩薩・明王の違いは?
考えることと、行動することとの間で


密教の尊格には、如来・菩薩・明王の違いがあります。

如来は天上世界(蓮華座)で動かずに考えている存在。

菩薩は天上世界(蓮華座)から降りてきて人々を救おうと立ち上がっている存在。

明王は、すでに地上世界(岩)に降りてきて人々を救っている存在です。

     

如来の、結跏趺坐は深く思考している姿です。
アイディアが一杯ありますが地上に降りてこようとはしていません。

通常の如来は、粗末な服しか着ていませんが、密教の大日如来は冠やネックレス、ブレスレットをしています。

これは天上世界に行けるのに、あえて行かずにこの世の人々を救おうと、
中間地点から人々を見つめているという象徴です。
菩薩形如来なのです。


     


菩薩の立ち姿は、蓮華座(天上世界)から降りてこようとする姿です。
深く考えることができたので、行動する勇気を持っているのです。


     

明王になると、岩の上に座っていたり、立っている姿をしています。
岩は、この世の象徴です。いまもはや活動しているのです。


タロットでは、(3)女帝が考える姿(如来)、(4)皇帝が行動する姿(菩薩)でした。
明王は(7)戦車や(8)正義になるのです。

如来は智慧の象徴(摩尼宝珠)、菩薩は慈悲の象徴(蓮華)、明王は力(方便=金剛杵)の象徴なのです。

そしてその存在たちは、あなたの額のチャクラ、胸のチャクラ、丹田のチャクラに、
それぞれ、いまでも眠っているのです。

マントラを唱えて、眠っている各尊を目覚めさせてみませんか?



深い教えのシンボリズムというものは、西洋・東洋の違いを超えるものなのです。




大日如来



おん・あびらうんけん・ばざらだと・ばん

観音菩薩

(光明真言)
おん・あぼきゃ・べいろしゃのう・まかぼだら・
まに・はんどま・じんばら・はらばりたや・うん

不動明王

のうまく・さんまんだ・ばざらだん・せんだまかろしゃだ・
そわたやうんたらた・かんまん