それは心が本来的に、形象化したい、固体化したい、物質化したいという性向を
内在しているからだと思われます。
宇宙そのものが現象化したいという、アーラヤ識的欲望によって作り出されてきているわけです。
私という〈個〉を解体して、〈光〉へと溶け入っていく恍惚的なタナトス(死の衝動)よりも、
再び形象化し物質化していきたいという、エロス的衝動のほうが、はるかに強いのだと思われます。
生と死の絶妙なバランスの全体性、そこの生の妙味があるのではないでしょうか。
生は死によって、照らし出されてくるのです。
死によって照らし出された生。
それがいま問題となっているわけです。
私たちの生そのものが、幾たびもの死を経てきた生なのです。
いま私たちに問われているのは、解脱でも輪廻でもなく、
死を内包した生をもう一度見つめ直すことです。
私たちはもうすでに生まれ変わっているのです。幾億回も。