三帰依文

          パーリー語の三帰依文

ブッダム サラナム ガッチャーミ

ダンマン サラナム ガッチャーミ

サンガン サラナム ガッチャーミ
          漢文の三帰依文

 じきえぶ   とうがんしゅじょう    たいげだいどう   ほつむじょうい
自帰依佛  當願衆生   體解大道  発無上意

 じきえほう   とうがんしゅじょう  じんにゅうきょうぞう  ちえにょかい
自帰依法  當願衆生   深入経蔵   智慧如海

 じきえそう   とうがんしゅじょう    とうりだいしゅう  いっさいむげ
自帰依僧  當願衆生   統理大衆  一切無礙


漢文の意味はお分かりでしょうか?

佛とはBUDDHAのことです。
佛をお釈迦さま個人と考えると、個人に束縛されるように思えませんか?

でも密教では、佛を目覚めた人の智慧(覚りの智慧)と考えます。
だから、私たちも佛(目覚めた人)になれるのです。 


         


帰依とは、refuge(一時的に避難する)であり、帰依したからといって束縛されることはありません。

體解(たいげ)とは、修行によって確信を得ることを意味します。
仏教は読経や冥想修行によって人とは違う体験が得られると考えています。

大道(だいどう)とは、覚り到る大きな道です。
発心(修行を始めようと思えば)すれば、間違いなく達成(覚ることが)できるのです。

法とはDharmaのことです。
ダルマは現象、起こった出来事のことをいいます。
その結果が社会ですので、その現象を深く考察するために、お経を研究するのです。

僧とはSanghaのことをいいます。
精神世界の探求者グループのことです。もちろんそれが僧侶なのですね。

無礙(むげ)とは、No boundary のことをいいます。
bind(縛る)の過去・過去分詞のbaundaryは、境界のことになります。

この境界は、コトバによって仮想された色(名色)の世界です。
誰かが何かを言うと、この仮想世界が出来上がってしまうのです。

それを仮想と思うことができると、一切無礙、一切皆(空)の気づきが得られるのです。
すると、縛られた執着から心が解き放たれる(Free your Mind)のです。

       英語の三帰依文:Refuge and Bodhicitta

I go for refuge until I am enlightened.

To the Buddha, the Dharma and the Supreme Community.

From the merits that I creat by practiceing meditation.

May I become Buddha for the sake of all universal living beings.

どうぞお好きな国の言葉をお読みになって、帰依(より所とする)してみませんか?

繰り返し声を出しているうちに、功徳(メリット)が生じるという、不思議な効果があるのです。