密教の思考法


聖人(しょうにん)の薬を投げること、機の深浅(じんせい)に従い、

賢者の説黙(せつもく)は時を待ち人を待つ、われいまだ知らず。

言うべきを言わざるか・・・・・・・  
                              般若心経秘鍵(ひけん)   弘法大師・空海


訳:「覚りを得た人は、他の人を覚りに導くために薬(アドバイス)を渡します。
   しかしそれは相手の魂の成長に合わせて、各種の薬を用意しているのです。
   困難な状況に陥っている人にはすぐに効く劇薬を渡します。

   しかし、もう少し困難な状態を続けることにより成長すると思える人には、
   じっと成長を見守る(黙す)という方法をとります。

   私たちは体験を通した気付きによって成長するために、生まれて来たのです。
   言葉によって気付きが簡単に伝わるのではないのです。言葉は無力なものです。」

意識成長のため生まれてきた

密教の思考法には十住心論(テン・ステップス・オブ・マインド)という考え方があります。

私たちは覚りを得るための成長の旅をしています。
覚りを得やすいように、動物ではなく、人の身体を選んで生まれてきます。

その人生で困難な体験をすると、この世が仮想現実(バーチャルリアリティ)であることに気付きます。
自分の本体は魂であり、名前のついている私(身体)ではないことを確信するのです。

すると力が抜け、気が充満するようになります。
その気をコントロールすると運気が高まり何事も思い通りになるのです。

 死を想え・・・メメントモリ  

僧侶の仕事とは葬儀をすることではなく、生きる力を与えるための医者のようなものです。
葬儀は「死を想え!!」という哲学を、薬として投げかける時には重要な行事です。

死者は、死ぬことにより悲しみ歎いている家族が覚りを得る機会を提供したのです。
成仏するという言葉により、身体が永遠ではなく魂が永遠に輪廻することを学ぶのです。

しかし日本の葬儀は慣習化してしまい、葬儀の意味を人々が問わなくなりました。

「死を想え」という薬は、第五ステップぐらいの意識成長の進んでいる人に向く薬です。
でも一般の人の意識成長は第三ステップなのです。

死を乗り越えた人物が僧侶のあるべき姿です。
僧侶は得度という儀式を通じて死を体験し、死後の生を生きます。
しかし多くの僧侶は、そのような覚悟なしに得度し、マンネリ化してしまっています。

このような得度では、それ以降の修行も意味を失うことになってしまうのです。
得度を有効にするには哲学的な深い思考や、直感的な英知が必要になるのです。

 グルイズムという劇薬 

意識成長の第三ステップまでの人に用意されている薬が「グルイズム」です。
これは強い薬なので、よく効くのですが、思考を停止して「考えなくなる」という副作用があります。

「信じるものは救われる」は一面の真実です。

苦しみの最中の患者さんにはこの薬を使います。
真言宗ではこの薬を、お大師信仰として用意しています。
医療ではこの現象を、プラシーボ(にせ薬)効果と呼びます。

真理を求めるのが仏教の核心ですが、緊急医療としては止むを得ないことなのでしょう。

日本で一番信者数の多い、阿弥陀信仰はこのようにして、仏教が権威であったころ、
学問を学ぶ機会のない人々に広まっていったのですから。

 仏教の深層心理学・唯識 

意識の第六ステップにいる人には、ユングやフロイドの深層心理学と同じ、
唯識という学問が用意されています。

私たちの心は、感覚器官・表層意識・マナ識(自我無意識)・
アーラヤ識(人類無意識)・アマラ識(宇宙意識=神意識)で出来ています。
そのすべてが自分なのです。

私たちは自分の心の奥底(無意識)を見ることは難しいのですが、
深い瞑想をすることによってたどり着けます。
すると自分の心に神(如来)が住んでいることが体験できるのです。

このような学問は、疑り深い(知恵のある)患者には欠かせないことなのです。
ここで認識が世界を創っているということを知ります。

意識レベルが低いと社会に刷り込まれた価値観が絶対であると信じてしまうのです。

私は密教をお伝えする場合に、ユング、フロイトの深層心理学を引用して唯識を語っています。

 仏教の量子力学・物理学=華厳 

第九ステップの人には華厳経が用意されています。
これは一即一切重々無尽であらわされる、現代物理学がやっとたどり着いた境地を語っています。
日本人はこの不思議な思想を1200年も前から親しんできました。

西欧が勘違いをしていたのは、意識と物質は分けられるという二元論の考えに縛られてしまったからです。
物理学がその矛盾を解明しつつあります。

ひとつの場所の中にひとつのものしか存在しないという考え方は、華厳経においては否定されています。
私は現代物理学の考え方を引用して、華厳経に迫ろうと考えています。

実践哲学としての密教修行法

空海は真言密教の修行法を実践することで、意識が第十ステップになると説きました。
そこに至るためには、多様な指導法を用意しています。

ステップの最初のころは五体投地による礼拝がいいでしょう。
礼拝行は高慢さを減らします。

次に阿息観が良いでしょう。
アーと唱えているうちに胸のチャクラが高回転で回り始め、チャクラが開きます。

不動明王のマントラ読呪は魂を無心にさせ勇気を与えます。
また左脳で思考している日常から、右脳で思考する状態に導くので
アカシック・レコード(虚空蔵)とつながりやすくなります。

写経は左脳による理解力を増します。
読経は腹式呼吸を使うため、身体の活性化につながり気を出しやすい呼吸にします。

五相成身観は、私たちの身体が地水火風空で出来ていることを覚らせます。

五字厳身観はチャクラに対応する音を発する修行法です。
チャクラ感覚を鋭敏にします。

滝行は死を恐れない勇気を作り、気力を充実させます。

僧侶のする護摩は、意識を大きく変容させ不思議な奇跡を起こすのです。
私は気功の実践法を通して、密教をお伝えしようとしています。

 密教気功の呼吸法 

大周天呼吸法

呼吸のイメージは踵と肛門で吸う。
腰から気を回し頭頂でとめる。吐く息で前面を通し、性器を通し、湧泉で吐く。

骨と肉の接触している間あたりを気が通る。指先と労宮は最も気の出るところ。

一指禅タントウ功が修業に最適。


意識の使い方

意念の使い方は、身体の各所を意識してそこがリラックスしていると念じる。
マントラとして「ありがとう」と念じるとよい。

念をかけるのがうまくなると、一瞬にしてリラックスする。
骨と肉や中央脈管やチャクラが体感で分かるようになる。

ありがとう気功が修行に最適。