立山曼荼羅の山に登る

 

剣岳と立山登山体験記

2009年の映画:新田次郎原作の剣岳(点の記)をご覧になりましたか?
日本山岳会と陸軍測量部が剣岳の初登頂を争う物語です。

ところが陸軍測量部が登ってみたら、そこには修験行者の錫杖の頭の部分が残されていたのです。
すでに修験道の行者が登っていたのです。

日本の山のほとんどの初登頂者は修験者か僧侶なのです。

この映画に刺激され、剣岳に登りに行きました。

神・仏が山に住むという信仰は立山にも古くからありました。
浄土平・・地獄谷・・・大日山などと仏教の世界観が立山にも残されています。

          みくりが池と剣岳遠望

夜行バスの終点、室堂から前日に5時間かけて剣山荘まで歩き、
翌日朝4時に起床して、剣沢から剣岳(2999m)の岩場を6時間かけて登り、
同じ日に3時間かけて内蔵助小屋に泊まりました。

       剣岳頂上にて


その小屋にネパール人、タラ・バハドール(36歳)が仕事で働きに来ていました。

話をすると、私のネパール・トレッキングのガイド、ラム・カジやエージェントのNEXの知り合いです。
彼は9月まで夏山で働き帰国するそうです。

妙な出会いがあるものです。
ネパールでの再会を約束しました。

       タラ・バハドール君と

雪深い立山は雄大な大自然が残り、豊富な残雪に夏の草花や
天延記念物の雷鳥の親子の姿をしばしば見ることができました。

山登りの六波羅蜜

修験道が山を修行の場とするには、六波羅蜜(覚りに至る六段の修行)が山登りに含まれているのです。


布施:仲間を思いやる心です。エゴではパーティーを組んで大きな目標を達成することはできません。

持戒:自己管理:山は自発的な時間管理・体調管理が求められます。

精進:繰り返し同じ動作を飽きずにしなければなりません。

忍辱:呼吸の苦しさや、環境の悪さに耐え忍ばなければなりません。

禅定:呼吸に意識を置いて、繰り返し一歩一歩進んでいると、ランナーズ・ハイが訪れます。
    単調な苦しさを超えるとハイの状態が訪れる・・これは冥想と同じテクニックです。

智慧:スケジュールの全体像(人生の世界観)や苦しんだ後の喜びを知っていなければ、こんな辛いことはしないでしょう。
    努力は報われるものです。

立山頂上:雄山神社のコトバ


立山:3003メートルの頂上に、雄山神社があります。

       

そこでの礼拝には500円で神主さんのお祓いとパンフレットとお守り鈴が付いてきます。
鈴の横に赤い紙があり裏側にこのコトバが書いてありました。


私は今、日本三霊山:立山の頂上に立った。

一万尺・巌頭の神庭に相対するものは、神と私だけである。

心眼に見えるものは全て神の光。

心耳に聞こえるものは全て神の声。

神は、私以外の何者にも与えない大いなる使命を、私に与えている。

私は神の子として、私一人の尊い人生を力強く生きよう。

今、天地合掌の立山頂上に立って、私は固く心に誓った!!


なんと力強いコトバでしょう!!

天地合掌とは、天の神(空)と地の神(大地)の結び合う地、立山山頂。天地人の思想です。

ネイティブアメリカンも、儀式の際、空を仰ぎ両手を広げ「OH,My Creater! =創造主よ」と唱えます。
そして大地に額をこすりつけ「 Thank you,My Mather!ありがとうお母さん」と祈ります。

父なる天と、母なる大地を私は尊敬しているという表現です。

合掌も、左手が胎蔵界(母なる神)、右手が金剛界(父なる神)、この両手を合わせることで、
父なる神と母なる神の子である私、という世界観を持つ私の自己確立の宣言なのです。

この合掌の動作とともにネパールでは、ナマステ(あなたに帰依します)と発声します。

全てはあなたの世界観が創りあげているのです。

あなたは今、どのような世界観で、世界を見つめていますか?