袖 触れ合うも タショウの縁
   
1)多生の
2)他生の
3)多少の
あなたは、どの言葉を使いますか?

この世に生まれた意味


人の身を受けるのは難しい。でも、今受けている。

仏法を聞くことは難しい。でも、今聞いている。

この身、今生において度(価値観を転化する)せずんば、

いずくの生(犬や虫の生?)においてか、この身を度せん。

大衆もろともに、至心に三宝(仏・法・僧)に帰依したてまつらん。


三帰依文


仏に帰依したてまつる。

まさに願わくは、衆生と共に、覚りを得て、無上意を起さん。

法に帰依したてまつる。

まさに願わくは、衆生と共に、経蔵に入りて、智慧海のごとくならん。

僧に帰依したてまつる。

まさに願わくは、衆生と共に、大衆を統理し、一切無碍ならん。





「多生」の縁が仏教の思想です。


    生まれ生まれ生まれ生まれて、生のはじめに暗く。

    死に死に死に死んで、死の終わりに冥し。  空海



輪廻転生の先は、どのような生き物であるかわかりません。
この世の報いをあの世で受けるという考えが輪廻転生思想です。

それが多生の縁として、人々の間に語り継がれました。

すべての生きとし生けるものを、私が輪廻して来た(来る)のです。
だから私というのが個人ではなく、特定できないくらい膨大な輪廻の数の私になるのです。

これを自他不二(自分という特定の存在はない)と呼びます。

でもこの思想が失われた現在、コトバの違いを理解するのが難しくなりました。



いまこのとき、「死」は人々にとって、どのような意味を持っているのでしょうか?

そして、「生」は・・どのような意味を持っているのでしょうか?

密教タロットでは、愚者の鈴の数が、輪廻の回数と説明されています。