密教的思考法講座
密教と顕教



養老孟司先生のベストセラー「バカの壁」の文庫本の帯には
「話せばわかるは大ウソ!!」と書かれてありました。

これが密教的思考法(叡智)の始まりなのです。


コトバによって真理が伝授されると考えるのは、顕教の考え方です。
顕教では真理は言葉で表現できると考えているのです。

密教では「真理は隠されている」と考えています。

それは如来(絶対者・神)が隠しているのではなく
行者(修行者・学ぶ人)の認識が、そうさせているのです。

認識が深まるにつれ叡智が訪れると、
この世のすべてのものが完璧であり、光り輝いていると気付くのです。

ある人の体得した「真理」は言葉では伝えられないのです。

そこで、プラトンは師・ソクラテスと寝食を共にし、あるとき灯火が別の灯火に移るようにして、
叡智が弟子に伝授されていくと考えました。

チベットの密教的行法が、師と弟子の関係を重視するのもこの考え方によります。

師は弟子の考えに付着した、過去の刷り込み(カルマ)を
破壊(ブレイク・スルー)させるために特殊な行法(エネルギーワーク)を提示するのです。

密教の身体論


密教は物質の構成要素として地水火風空のファイブ・エレメントを想定し、
意識というエレメントを最も微細なエレメントと想定しています。
これらが混沌となり、世界を構成していると考えています。(六大喩伽)

現象世界に現れてくるものを、
言語概念世界(波動世界)・形態概念世界(形態世界)・霊的概念世界(真理世界)の
三要素が統合されたもの(四曼)と考えています。

身体を・物理的エネルギー・循環するエネルギー・精神的エネルギー
の三つとしてとらえます。(身口意の三密)

この形態シンボルとしては宝珠・蓮華・金剛杵、
波動シンボルとしてはマニ・ペメ・フーンを当てはめています。

肉体は最も粗大な波動・物質で構成されています。
その粗大な波動に重なるようにして意識の身体が存在しています。

表層部にマナ識(エーテル)・アラヤ識(アストラル)・アマラ識(コーザル)の身体です。
この身体のことを氣の身体・霊的身体・波動の身体などと呼びます。

肉体の外側には、霊的身体が重なり合って存在します。
その部分のネガティブなエネルギーを祓うことにより、
身体のエネルギーを正常化させようとします。

霊的身体と肉体を結ぶ場所がチャクラです。
循環するエネルギーを取り入れる道具が口になります。

そのエネルギーとは、食べ物・呼吸・コトバの三種類です。
食べ物は物理的身体に影響し、呼吸とコトバは霊的身体に影響します。

呼吸法と姿勢


物理的身体の中央には背骨があり、重なるようにして
霊的身体の中央脈管(センターチャネル)が存在します。

へその反対側、背中部分の命門を前方に押し、尾てい骨を立てるようにします。
肛門で呼吸します。
するとエネルギーは背骨を登ってきて背中から首の後ろ、頭頂へと続き、
第三の眼まで昇ってきます。

そのまま吐く息で、エネルギーを胸、腹、性器へと流します。

馴れてきたら、足の裏のツボ、湧泉を意識し、足の裏と肛門の三箇所から呼吸するイメージを創ります。
大周天の呼吸法です。

肛門で呼吸するようになると、胸が張りあごを引き、後頭部を立てる姿勢になります。
しかしあくまでも、力は丹田の部分のみで、上半身は柔らかく構えます。

人間は宇宙とつながっていた


私たちは、赤ちゃんのころ、顋門(ひよめき)という部分で
天(神・如来・宇宙)と対話していました。

顋門(ひよめき)とは、
「広辞苑:(ひよひよと動くの意)
 幼児の頭骸骨がまだ完全に縫合し終わらないときに、
 脈拍につれて動いて見える前頭および後頭の一部。泉門。」とあります。

ネイティブ・アメリカンはこの部分をコパヴィと呼び、
クリエイター(創造主)と繋がっていたと言います。

そうなのです。
霊的身体は中央脈管を通して顋門(ひよめき)から、天に繋がっています。

身体内部のエネルギーの動きに注目しながら(内観をしながら)呼吸してみましょう。

歩き方


歩き方は重要な修行になります。

つま先を先に着く歩き方をします。
足のかかとを前に出すのではなく、甲の部分を前に出すのです。
親指の内側で地面を引くようにしながら、体重移動をします。

腰を立て、足の甲の部分を意識すると、前面のエネルギーが流れやすくなります。
足の移動も、内側の筋肉を意識し、丹田を移動させるようにして移動します。
頭蓋骨の重さを意識し、上半身は柔らかく使います。

呼吸に意識をおきながら、エネルギーの流れを観察(内観)します。

馴れて来ると毛孔から吐く息が出て行き、天地から吸う息が入ってくる感覚が起き、
肉体の周りにエネルギーの霊的身体が丸く広がっているのを感じるようになります。

感覚遮断から感覚利用の修行法


顕教では感覚(眼耳鼻舌意)を煩悩と考えていました。
釈迦は目をつぶり、現世から離れ、静かなところで聞こえる音を無くし、
意識を呼吸に集中することにより、覚りを得ようとしました。

密教は、それまでの修行方法が大変難しいと思った人々が作り上げました。
感覚を遮断するのではなく、感覚に意識を置くことを思いついたのです。

眼の感覚は、マンダラを第三の眼でじっと見つめさせることにより、
無意識世界に導こうとします。
月のように白い輪を瞑想する、月輪観もあります。

形はエネルギーなのです。

耳の感覚は、ドニパトロ・ガンター・ティンシャなどの倍音を聞くことにより、
意識を緩ませようとします。

音(波動)はエネルギーなのです。

鼻の感覚は、特殊な線香、沈香を嗅がせることにより瞑想状態に導かせようとします。

舌の感覚は、マントラのリズムに合わせて舌を動かすことにより、
念じる力を強化させようとします。

肌の感覚は、氣を訓練するうちに、呼吸と共に毛孔から出入りする氣を感じるようになります。
エーテル体(氣)に包まれている感覚を得ることが出来るようになるのです。

人は見た目が9割(実践密教)


竹内一郎著・新潮新書の帯には「理屈はルックスには勝てない」
日本人のための「非言語コミュニケーション」と書いてあります。

私たちは人と会ってその印象を食べています。
(シュタイナーはこのような表現をします。)
その印象とは、ルックスであり、表情であり、しぐさなのです。

その本人が考えていることは、表情やしぐさに出てしまうのです。
それを読み取ることが重要です。

ルックスは整形によってしか変えられませんが、
「男の顔は切り札」と言われるように、年輪が顔に出てくるのです。
それを読み取れるかどうかが重要です。

この本の作者は「しぐさ」のことを重要視していますが、
「しぐさ」のもととなる呼吸法・意識法を無視しています。

「しぐさ」とはその人の意識の表現です。
意識を呼吸において(意守丹田)ゆっくりと呼吸していると、
目線は動かず自信あふれる堂々とした態度に見られます。

左脳は動いていて話の相手をしながら、呼吸に意識を置いて話すことにより、
右脳も活性化するのです。

このような呼吸をしていると、いわゆる「オーラが輝いている」状態になります。
オーラとは呼吸と共に周辺に広がる氣のエネルギー場です。

あなたのゆったりした呼吸で、相手も落ち着いてきて、心が通い合うようになるのです。

グッチ裕三の霊的世界(実践密教)


タレントのグッチ裕三は厄年のころ、仕事の状況が余り良くなく、いろんな方に相談をしました。
そうしたら「お墓参りに行っているか?」と聞かれ「行ってない」と答えました。

アドバイスした人の勧めに従い、毎月一回の墓参りを始めると、突然仕事が好転してきたのです。
ご先祖様の仕業と考えました。

すると、次々と信じられないような偶然がつながり、
娯楽映画のストーリーのように幸運が転げ込んできました。

「成功した方に聞くと、ついていたとかラッキーだったとかさりげなく答えますね。
僕も聞かれたら『ラッキーだった』と答えますが、それだけではないでしょうね。」

成功の秘訣は人にはなかなか言えないようです。
でも彼はそれを信じて実践しているのです。

以上が東京新聞06年6月22日の記事です。
彼のように変化することを「シンクロニシティ(共時性)が起こる」と言います。

密教ではこれを意識+無意識(心と魂)が世界を創っているから、
霊的世界を信じることで、ご先祖パワーとつながるのです。

あなたも試してみませんか?