錬金術と真言密教
エメラルド・タブレットの言葉
錬金術を始めたとされる、ヘルメス・トリスメギストスは
エジプトのアレキサンドリアに住み、この作品の著者といわれるトートと同一視される。

これは偽りのない真実。
確実にして、この上なく真正なことである。

唯一なるものは、奇跡を成し遂げるにあたっては、
下にあるものは上にあるごとく、上にあるものは下にあるものの如し。

人間の人体の存在と宇宙の仕組みが同一であるという思想は、
梵我一如思想として仏教の基本思考フレームになっている。


万物が一者から一者の瞑想によって生まれるがごとく、

万物はこの唯一なるものから適応によって生じる。

一者が万物に浸透しているという思想は、天台本覚論(山・川・草・木には仏が内在している)と同様であるが、
仏教修行者は錬金術師のように、否定の連続の実践を怠ってきた。


 太陽がその父であり、月がその母である。

 風はそれを己の胎内に運び、大地が育む。

金剛眼:右の目にマ(理=太陽)、左の目にタ(智=月)を観想する。
カーン字を扇であおぐと、炉(胎内)に風輪が起こる。

                   



地上から天上へと昇り、再び地上へと下って、上なるものの力と下なるものの力を集めよ。

こうして汝は全世界の栄光を手に入れ、すべての暗闇は汝から離れ去るだろう。

菩提心(覚りを得ようとする心)を持ち、金剛サッタとなり、天上に昇り、
我が身は大日如来であると知る。

そしてその後、万物の中に大日如来が「一即一切重々無尽」のように畳み込まれていることを知る。

この上昇の道と、下降の道を歩むことにより、精神的円環は螺旋状に無限に上昇していくことになる。
その修行過程が、無智の闇を離れ、智慧の光明(賢者の石)を得ることになる。


これはあらゆる力の中でも最強の力である。

なぜならそれはすべての精妙なものに打ち勝ち、すべての固体に浸透するからである。

すべては波動。
「五大(地・水・火・風・空)に響きあり!!」と空海が叫んだように、
最も微細な波動は、意識(言葉・言霊)。

最も粗大な波動は物質。
意識の波動はすべてのものに流入している。
一者(精神世界=ダイヤモンド)が多者(物質世界=マトリックス)を創造したのだから。

左手人差し指を一本立て金剛杵の印(精神)。
右手を金剛拳にして五大(物質)。

これで物質の中に、精神性が包まれている状態を示す。
これが大日如来の、智拳印。



錬金術の諸概念
コペルニクスはヘルメス思想を信じていたので、太陽中心の考え方を獲できた。
今のパラダイムを覆すためには、多くの思想を否定し続けなければならない。

             錬金術/アンドレーア・アロマティコ著(種村季弘監修/創元社)より

 
ヘルメス思想によれば世界霊魂は一つであり、自然も一つであり、

可能な智の形態もただ一つである。

密教で一如とは一つであるとはいえないために考えられた言葉。
ヴェーダンタ哲学の思想である。真実は一元論では表せないので、非二元論(無分別智)という。


錬金術の世界観には、
天上界の出来事と地上界の出来事には対応関係があるという考え方が存在する。

三平等観:

『現象世界は、如来の思い通り。現象世界は智慧の火であり、護摩炉は如来の身体。
 火は法身の智火。炉の口は如来の口なり。火は行者の智慧なり。
 故に、如来の身口と、炉の身口と、行者の身口は三平等なり。』と唱えて、
ミクロコスモス(行者の心)がマクロコスモス(現象世界)を創っていることを知る。

梵我一如思想の実践。


実際の原理では男性原理は硫黄によって象徴され、女性原理は水銀によって象徴される。

智拳印は左の一本指(金剛界・男性性)と右手五本指の胎蔵界(女性性)の統合の象徴。

空海が水銀(丹)に関係していた話は数限りなくある。



太陽を中心にして世界を説明する方法は、
神と光を同一視するヘルメス思想においてすでに行われていたことである。

太陽と太陽が地球に与える影響は、常にヘルメス思想の重要な象徴であった。

大日如来はもちろん太陽の象徴。真言密教も如来と智慧と光と火を同一視する。


錬金術の宇宙は同心円形をしていた。したがって時間も円環的であった。

ヘルメス思想においては、世界は循環的な発展の仕方をする。
我とわが身を噛む、ウロボロスの蛇がその象徴である。

空間の世界はマンダラ世界。
丸を描くことにより空(全体性)を象徴。
時間の世界には終わりがない。

無辺の生死。
私たちは輪廻を繰り返す魂の存在。


宗教と縁を切った近代科学は、非常に多様な現象に関心を寄せ、多くの実験を行い、
問題の解決をするためのモデルを増やしてきた。
しかしその一方で、世界を全体として把握する視点を失い、
細かい専門分野に分解してしまった。

近代科学は分析智・二元論。真言密教も錬金術も意識と物質は分けられないと考えた。
先端科学の観察者原理の発見は、複雑系科学への道・宗教世界への道を開いた。


錬金術の作業においては、無数の挫折を繰り返し疲弊すること以外、何も約束されてはいない。

しかし、もし実験に成功したなら、錬金術師はこの上もなく貴重なものを手に入れることができる。

それは、具象化したロゴスであり、顕在化した世界霊魂であり、精神的な平安である。

真言密教によれば、不二という表現しか説明できないとする。
「こうではない。」「こうではない。」の否定語でしか真実は表せない。

これを実践的に繰り返すことで、錬金術師たちの意識は向上し、真如の片鱗に触れるのである。

具象化したロゴスを、種字(しゅじ)として表現し、顕在化した世界霊魂を大曼荼羅(ミトス)として表現し、
形態エネルギーをシンボリズム(エイドス)として表現する。

そして涅槃という最終の平安を得る。


伝承によると、錬金術師の地位は賢者の石を手に入れることによって、
一介の秘儀を伝授されたもの(イニシエイト)から秘儀を極めたもの(アデプト)へと上昇した。

得度により、イニシエーション(入門灌頂)を受け、伝法灌頂により阿闍梨(秘儀のマスター)となる。
真言密教での賢者の石は、マニ宝珠と金剛杵(バジュラ・ドルジェ)。


大いなる作業とは、多様な視点から世界を探求する行為であり、

喜びと共に自分の周囲を眺め、果実を摘み、宝石や滝の虹色の輝きを観察し、

鮮紅色をした人間の肉や毛皮や、光沢のある鋳物の素晴らしさを凝視することである。

自らが神である(神人合一=アデプト)と知ると、大いなる作業が始まる。
仏教ではこの状態を「悟り終わって山はまた山、河はまた河。」と表現している。
密教では歓喜が訪れると表現している。

異なる視点を獲得し、世界が輝いていることを体験している状態。下降への道。