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明治時代に流入した英語でNATUREという言葉は、自然(しぜん)という翻訳をされました。
このことにより自然と人は分離される思想になってしまったのです。
それ以前は自然と書いてジネンと読む、思想を持っていたのです。
ある土地で災害や飢饉が来るのは、そこに住む人の行いが悪いから。
ジネンとは天と人が一体である思想でした。
それが明治以降、天と人は別の存在(二元論)になってしまったのです。
環境の悪化は、環境と人間が分けられるものであるという思想がもたらします。
際限のない国土の開発はこのような思想がもたらしたものでしょう。
明治・大正・昭和初期は日本が独立国として世界に飛躍しようという意思を持っていました。
また神の位置に据えられた天皇制という宗教は、日本人の誇りを保つ力となったのです。
しかし戦後のGHQの支配により天皇は神の座から降ろされました。
そして戦後の人々は物質性のみで幸せになれると考えました。
経済は幸運にも朝鮮戦争の勃発により飛躍的に成長し先進国の仲間入りができるようになりました。
しかし「このままでは世界でナンバーワンになる」ともいわれた経済力も、
バブルの崩壊と共に落ち込んでしまいました。
生きることに精一杯であった人にとって「なぜ、なんのために生きているのか?」
の自分への問いかけは必要なかったのでしょう。
しかし生きることが当たり前の今の世界ではこの問いかけなしに生きつづけることは、大変難しいことなのです。
この問題に答えるための宗教性はアンビバレント、求めたいのに求められない最悪の状況になっていると思えます。
ニューエイジムーブメントの隆盛は、宗教性で得られない部分を補填している仮の動きに過ぎないのでしょう。
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