聖と俗のまんだらアドべンチャー
2013年11月23日~29日の一週間、ネパールを訪れました。
小林さんをガイドに魔女のような淑女が2名と自分、合計4名の贅沢個人旅行。

ネパールは中国とインドに挟まれた海のない国。
緯度は奄美大島ぐらいと聞いていたがさすがに11月、朝晩は寒く上着が必要でした。
鳥取県と同じくらいの経済規模だそうで、1ネパールルピー=1円という計算のしやすさでした。

物価も安く、700mlのミネラルウオーターが60~100円ほど。
そして宿泊ホテルが4~5☆クラスと聞いて胸が高なりました。

お買い物など「俗」を満喫できるという期待がありましたが
ヒンズー教のお寺や古都を回るスケジュールでもあり「聖」も楽しみでした。

ネパールには4つのユネスコ世界遺産があり、文化遺産と自然遺産が2つずつ。
このうちの世界文化遺産の一つであるカトマンズ盆地の半径20キロ以内に7カ所の史跡があります。

3カ所の歴史的王宮(カトマンズ旧王宮、パタン旧王宮、バクタプル旧王宮)
2カ所の仏教寺院(スワヤンブナート寺院、ボーダナート寺院)
2カ所のヒンズー教寺院(パシュパティナート寺院、ボウダナート寺院)
に分けられます。(2011年ネパール観光案内より抜粋)


1日目。
23時すぎにカトマンズ到着。予定の5☆ホテルに直行。15畳ほどある部屋を独り占めし就寝。

2日目。
タクシンカーリーまで出向きました。
ドライバーのハリーさんが急いで(ハリ?)くださって大渋滞の街をぬけ出しました。
小林さんからシヴァやカーリーとパールバティー、ガネーシャなどヒンズー教の神々の関係性についてご講義を頂きながら。

ここはカーリーに生け贄を捧げて御祈願をする拝所のなかでもディープなムードに満ちていました。
道ばたには狭い檻に入れられた美しい鶏たちがたくさんいました。
時には羊が捧げられることもあると聞きました。
血なまぐさい匂いがして、多くの信者がいました。

カーリーに血を捧げ、祈り、その肉を持ち帰って食べるという合理性。解体場もありました。
穀物や花だけではない、動物の命そのものをお供えする、そのリアリティから 神と人が繋がっていると感じました。
ヒンズーの邪気払いをしてもらい、額にはオームの御朱印をいただきました。

          

午後はボーダナート寺院でランチと参拝をしました。
巨大な目玉寺は多くの観光客であふれていました。

坊主頭の欧米人が礼拝を繰り返していたり、托鉢僧がいたり、声明の会が行われていたり、所構わず犬が寝転んでいたり、
寺院全体が曼荼羅の様相でし た。


3日目。バクタプルへ出向きました。
旧王宮の話を聞くと(王族の兄弟間で争いがあり王室は消滅)ネパールの人は王室が無くなったことを
心から残念に思っているという感じが伝わってきました。
多種多様な人種、宗教、言語・・・政治だけでは収拾が付かない、という内情も垣間見えました。

個人的にはヒマラヤはアンナプルナが道すがら拝め、その孤高の美しさに胸がときめきました。

ネパールの宝と言われているクマリ(初潮を迎えるまで務める少女の生き神)もここにいらっしゃると。
残念ながら拝顔は叶いませんでしたが、日本人観光客の多くがお出ましを楽しみにされていました。

寺院にはあらゆる体位で結合している男女が飾られていました。時には複数の人がからむ像も。
女性器をさらけ出している像もありましたが、それは雷よけの意味とのことでした。
日本の寺院との違いをどう解釈して良いのかどうか悩ましい思いでした。

          

小林さんのお知り合いの曼荼羅絵師ロクさんを訪ねました。
ロクさんの描く曼荼羅の荘厳な完成度と、神々の視線から注がれるエネルギーに酔いました。

さらに、ロクさんのにこやかで穏やかな人柄、流ちょうな日本語にすっかり淑女達もファンになってしまいました。
夕食は生ライブを聴きながらエベレストビールで乾杯!


4日目。
朝7時に出発し未舗装のダートを4輪駆動車でぶっ飛ばしてポカラへ移動。

落石注意の看板があってしばらくして、本当に落石で亡くなっている人もいたり、会話不能なくらい車酔いをしたり、
けっして日本では味わえないスリル満点の6時間でした。

救いは、同行者の方々が全員お元気だったことと遙か遠くにみえるアンナプルナとマチャプチュレ・・・。

ポカラでは湖畔のレストランでゆっくり過ごし買い物やリゾートを味わいました。


5日目。
早朝5時にホテルを出発しサランコットの丘へ。
ご来光に染まるピンクのマチャプチュレが目的でした。丘の上は外国から来た観光客であふれていました。

かなり早くからベストポジションを確保していましたがわずかに雲がかかり見えませんでした。
なかなか、神々はその姿を見せてはくれないものです。

帰りはその神々を眼下に拝みながら飛行機でカトマンズまで1時間。世界の屋根の上!


                     

空港からすぐのパシュパティナート寺院へ。ここでは火葬が行われていました。
身分の位に応じて焼かれる場所が変わります。川のすぐそばです。
日本も火葬ですがこのように開放的に、空の下で行われることはまずありません。

川を挟んで儀式が進められていました。対岸では鍋を洗っているおじいさんがいました。
葬儀で投げられる小銭を拾っている人もいました。

全て燃やしきった身体は川に流されて終わりです。
親族は最後まで残る人はほとんど居らず、焼いてくれる人に任せるそうです。


お墓はありません。骨も髪も何もかもが川へ、土へ、還っていきます。

日本では初七日や納骨、一周忌、など法要が延々と続き故人を思い出すことが多いのですが
そのあたりはヒンズー教ではどうなっているか、質問し忘れました。

ただ、身体は魂の乗り物でしかない、ということを強烈に教えられました。


寺院の中には入れないので外から巨大な黄金の牛像を拝みました。
牛がそこら中に自由に過ごしていて、その何倍も犬が寝転がっていて、その何十倍も鳩が飛び交っていて、その何百倍もハエがいて・・・
誰も気にしない。
命が対等であるということでしょうか。


ランチに本格手打ち蕎麦を頂きながら、何も隠されていないネパールの文化を想いました。


6日目。
旅のハイライト!と淑女達がうきうきしてこの日を待ち望んでいました。

シャーマンであるアアマ・ボンボさんのところでヒーリングです。
一人一人相談にのっていただき、お祓いを受けました。

                   

高野山で得度をしたときと、とても似た儀式でした。
そしてインド占星術師のところへ。事前にお伝えしていた個人のホロスコープからの占いでした。
細長いホロスコープを頂き通訳のラジュさんを介し説明を受けました。

私は・・・今までの占いとは全く違う結果に驚き、もっと詳しく知りたかったです。
デーモン、と英語で書かれているのも気になりましたが詳細は不明です。


あっという間に帰国のフライト時間がきました。
ネパールの自由さ、無分別さ、人なつこさ、どれもが大好きになっていました。

ネパールではほとんど自殺がないそうです。
その日暮らしではと見まごう人もいましたが、どこかで誰かに繋がっていて
生きるということになんの迷いも躊躇いもないのだろうと感じました。

日本が学ぶべきことがたくさんありそうだと、ネパールに光を見ました。


最後に、安全に楽しく導いてくださった小林さん、ありがとうございました。
次回はネパールの世界自然遺産を満喫してみたいです。

                                                                                                M.N