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一日目
朝6:00に出発する。
ところが朝のバスに乗り遅れる!!
次は2時間後だ。
バスの時間を調べておかなかった自分がいやになる。
登山靴とリュックサック、地図を片手にひたすら歩く。
コンビニなどはまず無いから、リュックにはおにぎりとバナナが入っている。
お水は、空のペットボトルを持って、お寺の延命水や不動水を汲んで飲んだ。
一日目に足の裏にまめが出来、足首を痛めた。
第一札所から第十一札所までの九時間が一日の行程だった。
観音経を無心に唱え、夕方マンションにたどり着いたときは、
へとへとで何もする体力もなくなりすぐに眠りに着いた。
二日目
足にテーピングをして歩き始める。
札所から札所まで1時間もかかるところがある。
道に迷っても人が誰も歩いていないので、聞くことも出来ない巡礼道。
救われるのは、天気と景色、栗や柿、道路端に咲くコスモスで癒される。
地図が命であることを知る。
私は地図のない人生を歩いていたのかしら?
初日、頑張りすぎたため足が痛い。
無理をしないでゆっくり行くことを決める。
今年は「まんだらや」の仲間と車で巡礼をした。
あのときの気楽さがウソのようだ。
みんなの笑顔が思い出される。仲間っていいな〜!!

三日目
やっと余裕が出てきた。死に物狂いで歩いていたことが分かってきた。
この巡礼を楽しもうと思う心になってきた。

第二十六番札所・円融寺の奥の院・・・岩井堂を目指す。
300段の石段は苔むしていて歩きにくい。
石段を登り終え、出迎えてくれた観音様の顔を見ると突然涙があふれてきた。
護国・・・観音様が私の心の奥に語りかけてくる。

山の中を歩く巡礼道では、迷いながら歩く。
立ち木に結び付けてある赤いリボンを見ると、この道が正しいことを知る。
誰か知らないが・・・人々のお世話になっていることを感じる。
目印をつけてくれた人に感謝。
第十五番札所、少林寺では豊かに見えた秩父で明治時代に
「農民一揆・秩父事件」があったことを知る。
みんな苦しさに打ち勝って、いまがあるのかもしれない。
四日目
今日は土曜日、巡礼道にもちらほらと人の姿が見える。
あれだけわずらわしく思っていた人々が無性に恋しい。
巡礼しているとジュースやコーラには興味がなくなる。
水だけしか飲めなくなってくるのだ。
お寺では何人かに声をかけられた。
「一人で来たの?」「歩いて?」「若いのにえらいね!」
「ご両親亡くなられたの?」とも聞かれた。
第十四番札所・今宮坊では「まんだらや」で学んだ祝詞を唱えた。
すると女性の宮司さんが奥から出てこられ、長々と説教を始められ・・・閉口した。
彼女からやっと逃れ、ここまでやった自分にご褒美と思い、武甲温泉に立ち寄る。
湯上りの後、休息室で横になっていたら・・・大の字になり寝てしまった。
起きたら、横に寝ているおじいさんも大の字になり「いびき」をかいていた。
それじゃ私も・・・オヤジと同じ!!ゲー!!ァー!!
五日目
今日は日曜日。札所巡りの場所も遠くなってきた。
第三十二番札所・法性寺は大日峠を越えるのだ。
熊出没・注意の看板にビビル。
そうか・・・小林さんがくれた振鈴を一日目に壊してしまった。
このようなときに使うんだ!!
ひたすら大きな声で光明真言を唱えて、熊のいるかもしれない山道を通過する。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・・・」
峠では大日如来が迎えてくれた。
仏像が雨に濡れないように、三角の屋根を作ってあげた人の優しい心がいとおしくなる。
仏心のある人に感謝。

峠を越えて法性寺に着くと、お参りの人々が「強いね〜」と感心してくれた。
何かくすぐったい。
一時間半歩き三十三番札所・に着く。
力をくれたおばさんに感謝。
六日目
いよいよラストの日だ。
札所までバスはあるものの、歩きで行くことを決意。
峠を越えるところで一人のおばさんに出会う。
道を歩きながら、いろいろな話をする。
これが本当の・・・同行二人なのかな〜?
人生という道を歩んだ老年のおばさんと、これから歩まなければならない私。
山芋の芽を教えてくれ・・ためしに食べてみる。
おばさんに感謝の言葉を残し、別れて道を探しながら荒れた道を進む。
山の中から下のほうにお寺が見えてきた。
三十四番札所・結願の水潜寺だ。
平らなところにつくと柵があり、山崩れのため通行禁止と書いてあった。
道理で道が分らなかったはずだ。やっとたどり着いた。
歩いて帰る途中、いろいろなことが心を通り過ぎます。
もう明日から歩かなくていいんだ。
着いた馴染みのある部屋で、緊張が解け横になりながら、涙が出て、出て止まりませんでした。
たくさんの邪気が抜けたのです。
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