欲みな なべて清らなり。
〈大楽の教え〉
そのみ教えは、「ものみななべて清ら」という。
1、(男女の道にも喩えるべき)
妙適(たえ)にも 良ろしき 心地こそ、
清き菩薩の 境地なり。
2、(止まらぬこと)矢のごとき、
欲の働く心地こそ、
清き菩薩の 境地なり。
3、(男女互いの)触れ合いも、
清き菩薩の 境地なり。
4、(男女互いに抱きあい)
離さず 縛がん その心、
清き菩薩の 境地なり。
5、(男女抱きて満足し)
すべてに自由、
すべてに主、
天にも登らん その心地、
これまた菩薩の 境地なり。
6、(欲心もって異性を)見、
これまた清き 菩薩の境地なり。
7、(男女互いに交わりて)
適悦(よろしき)心地味わうも、
清き菩薩の 境地なり。
8、(男女の)愛も それもまた、
清き菩薩の 境地なり。
9、(人の心に浮かびくる)
自慢の心 それもまた、
清き菩薩の 境地なり。
10、ものを飾りて喜ぶも、
清き菩薩の 境地なり。
11、(世のすべてに満ち足りて)
こころ喜ぶ そのことも、
清き菩薩の 境地なり。
12、(世のすべてに満ち足りて)
光り輝く その心、
清き菩薩の 境地なり。
13、身体の楽も 異ならず、
清き菩薩の 境地なり。
14、(目の当たりなる)ものの色
それも菩薩の 境地なり 。
15、(われらの日夜 耳にする)
音も菩薩の 境地なり。
16、この世の香り、それもまた、
清き菩薩の 境地なり。
17、(われらすべての口にする)
味も菩薩の 境地なり。
われら今なお ここに問う。
欲、何ゆえに 清らなる。
ほとけわれらに 宣りたまう。
人の懐(いだ)ける 欲もまた、
世にあるすべてのものは皆、
その本性(もと)なべて清らなり。
かくて人々 聞けよかし、
智慧の眼を見開きて、
世にあるすべてを 眺むれば、
智慧の境地に至りつき、
われ、ひと、共に清まらん。
金剛手菩薩、聞けよかし、
すべてのものの 清らなる、
般若の教え 耳にせば、
障りすべては 消え去りて、
光の道場(にわ)に 入りぬらん。
障りすべては 何々ぞ。
(貪り・怒り・さまざまの)
煩悩(なやみ)もたらすその障り、
法を耳にせぬ 障り、
悪業 止めえぬ 障り、
これらの 障り 重ぬとも、
ひとたび清き 道を得ば、
地獄に 落ちることも 無く、
罪に 陥ることも 無し。
(ただ聞くだけに止まらず)
良く身に保ち 日々唱え、
さらに心に 思惟(おも)いなば、
父母(ぶも)の生み出す この身もて、
ものの本性(もと)なる 平等(ひとしさ)と、
変わることなき 金剛の、
安けき 心地に 入りぬらん。
入りなん後の そのときは、
(何に縛られることも無く)
自由となりて 測りなき、
快楽(けらく)歓喜(かんぎ)に 満ちぬらん。
十六人の大菩薩、
それぞれ示す 十六・生(しょう)、
その道すべてを 進み行き、
それらすべての 果てにある、
金剛不壊なる 大日の、
遍照の境地に入りぬらん。
ここに世尊なる金剛手、
一切諸仏の覚りたる、
マンダラ中に 住みたもう、
持金剛者の最勝なり。
この世の悪を 調伏(うちなび)け、
余すかたなく 一切(すべて)の 善きこと、
なべて成したまう。
この金剛手大菩薩、
「欲のすべて 清らなり」、
この教えをば 示めさんと、
お顔和らげ 微笑みて、
「金剛印」の印結び、
右手(めて)に 五鈷杵を動かして、
進む勢い示したり。
大(だい)なる 楽は 金剛の
不壊(ふえ)なる上に 空ならず、
この境地をば 示さんと、
聖音「フーン」と唱えたり。
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