輪廻転生パラダイム
(アセンションに向けて)


蓮の会のメンバーが「これポスティングされてたんだ。」といって


一枚のプリントを持ってきました。

そこには「一度だけの人生、あなたはどう生きますか?」と書いてあります。

キリスト教の布教パンフレットでした。
「あれ〜、一度だけの人生なんだ・・・・、彼らにとっては。」

ところが輪廻転生パラダイムを信じる私にとっては、繰り返し生き続け、死に続ける、
終りの無い人生なんです。


何が輪廻するって----意識体(魂)が輪廻するのです。

死を迎える


仏教の死生観には国によって大きな差が見受けられます。
同じ仏教国でも日本と違いチベットの死生観は、仏教の原点に近いように思えます。

ここではチベット仏教を中心に死生観を眺めてみましょう。


人間は死を迎えるに当たり、生に執着する気持ちがあると、
その人の意識は肉体を離れることを躊躇します。
そこに苦しみが生じます。

「あれもしたい、これもしたい」と思い残すことがあると、苦しみが生じるのです。

でも本当は 生かされている命なのです。
自力で生きているのではないのです。

そこがわかると、生きることが楽になります。
死を想う事は哲学の始まりであり、生きることが楽になることなのです。

死の体験・チベット死者の書


死が訪れるとまばゆい光が訪れますが、まぶしすぎて幻惑され薄暗い部分へ逃げ込んでしまいます。

次から次へと白、紺、黄、赤、緑の明るい光が訪れますが、
これらは如来の世界へ転生するお迎えの光なのです。

普通の人は次のステージを迎え六道に輪廻するようになってしまいます。

六道とは、天(宇宙人?)・阿修羅(超能力者?)・人間・畜生・餓鬼・地獄です。
これを六道輪廻といいます。

生まれ変わる


チベット仏教では、死後、魂(意識体)は部屋の片隅に昇り、転生の機会を探し回ると考えています。

お金持ちの人間に転生しようとした魂は、若い男女の周りを漂い、
お互いが好きになり、抱き合いたくなるよう誘惑します。

そして魂は、抱き合って男女が性交している最中に「ピュッ」と精子に入り込み、
女性の胎内に入り込むのだそうです。

ところが・・・それまでのカルマがネガティブだと、人間だと思って入ったのに、気づくと、
犬のオス・メスが交尾の最中にメス犬の胎内に、転生してしまうこともあるのです。

カルマが見えているものを変えてしまうのです。
そうなるとその時の人生は、犬として生きなければならないのです。

チベットでは犬は放し飼いです。
旅行中に大きなチベット犬が放し飼いになっているので、彼らに聞いてみたら
「だって、弟として生まれてくるかもしれないから、つないでおくのは可愛そうじゃないか!!」と言うのです。

子供のカルマ


親が子供を産むのか、子供が親を選んで産まれてくるのか?

チベットでは子供が親を選んで産まれてくるのです。
だから親に対する依存はありません。
どんなひどい親であれ、子のカルマによって選択したのですから。

日本人は甘えの構造があるといわれています。
親子間の依存関係が、さまざまなトラブルの元になります。

自分の現状を親のせいにして逃げ回っている子供たちに、
「あんたのカルマだよ!!」と言ってやってください。

人の身体を受けて産まれてくることは難しい。(犬や猫として産まれるから)
いま、私たちは人間として生まれてきている。

仏教を聞くことも難しい。(欧米やアフリカに生まれたら)
でも日本人だから、いま聞くことができる。

この人生のときにこそ、修行をしなければ、何度転生しても覚りを得ることはできないだろう。

このように三帰依文(さんきえもん)・前文では語っているのです。
だから仏法僧に帰依し修行をしようとするのです。

アカシックレコード・虚空蔵


私たちの意識体は、死ぬと個人意識から宇宙意識に戻ります。
宇宙意識とは個人意識の集合体です。

そこには人間としての人生体験だけでなく、動物として生きた人生の記憶も存在しています。
生きとし生けるもの、体験すべてが記憶されているのです。

その意識体の記憶が、存在している場所が虚空蔵です。

虚空蔵とはサンスクリット語でアーカーシャ。アカシックレコードとも言います。
人類の記憶のすべてはここに埋蔵されているのです。

弘法大師・空海の意識体は求聞持法の修行によりこの中に入り、前世の記憶を取り戻し、
抜群の記憶力を得ることが出来たのです。

虚空蔵とはこの世に平行して、同時に存在している空間のことです。

ここには過去だけでなく未来も畳み込まれています。
虚空蔵に入ることによって、未来予知もできるようになるのです。

意識は波動で出来ていて、宇宙意識に波長を合わせると虚空蔵の中から情報が押し寄せてきます。
ラジオで多くの放送の受信ができるように、求めれば聞くことができるようになるのです。

共感覚の存在


ではどのようにして、この虚空に入っていくのでしょう。

手がかりは般若心経にあります。
このお経の中では、無、眼耳鼻舌身・意と五感など無いのだと言っています。

最近の医学では、共感覚を持つ人々が25,000人に一人存在しているといいます。
その人々は、「食べ物を味わうと指先に形を感じてしまう。」「音を聞くと色が見えてしまう。」そうです。

このような混乱は、人間の持っている根本的な感覚で、
それが意識化される人間がわずかしかいないそうなのです。

赤ちゃんのときは、触覚や味覚が感覚世界の中心です。

母親のぬくもりの触覚や、乳房のところから出てくる液体が飢えを満たしてくれる喜びでした。
母親の乳房に触ることによって、飢えの恐怖から離れ安心の感覚が伝わってきたことでしょう。

根源的な感覚の順番は、触覚・味覚・嗅覚・聴覚・視覚なのです。
赤ちゃんのときはそれが未分化でした。

今でも私たちは、梅干を見るとつばが出てきます。
視覚と聴覚は関連しています。
もちろんいやなニュースは、聞くだけでも寒気がします。

六感それ自体が繋がり合っている ということを心にとめておきましょう。

直感力開発


先日おいでになった女性に「下半身と肩が詰まっていますね〜。」とお話ししました。
「どうしてわかるんですか?見えるんですか?」と質問されました。
「気配でわかるんです。」とお答えしましたが、そうではなくてサーモグラフィーのカメラのように、
暖かい部分と冷たい部分を色で感じるのです。

視覚を言語化すると難しいのですが、人の感情や意識はオーラのように外側を取り巻いて存在しているのです。


海外に滞在することは、言葉に頼らない生活になります。
そうするといやでも直観力を磨くことになります。

海外旅行の後に日本に戻るとJRの車内で疲れて座っている人々が、爬虫類のように感じるのです。
その説明ができなくて困っていた時に、「共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聞く人」
(リチャード・シトーウィック/草思社)を読みました。

すると今までわからなかったことが氷解し始めたのです。

般若心経のサンスクリット語で「アヴァロキテシュバラ」は観自在菩薩と名づけています。

ところが鳩摩羅綬什(クマラジュ)というお坊さんが、観自在から観音菩薩という中国語に翻訳変更をしました。
彼は共感覚の持ち主だったのでしょう。

自由に観られる視覚、よりも自由に、聞くことが重要で「観音」の文字を使ったのです。

般若心経ではこの世はバーチャルリアリティ(仮想現実)だと言います。
五感からの外部情報が仮のものであると言うのです。
その思想が映画「マトリックス」に描かれているのです。

声が聞こえてくる体験


2000年の1月にロボット犬アイボ生みの親・ソニー常務・天外伺朗さんと
マハサマーディ研究会のセドナツアーに行きました。
ネイティブの指導でスウェット・ロッジを体験しました。
その時にフェニックスの形をした雲も眺めました。

その日の晩、夢をみていて大きな声で泣いてしまいました。
その声で目覚めたので、夢のすべてを覚えていました。
長い物語がインストールされていました。
そしてその最後に「この旅行はおまえのために企画したのだ。」との男性の声でお告げがありました。

「36人もの人が一緒に参加している旅行なのに〜。」
泣き出している自分に気づき、昔は丸刈りで「泣き虫坊主」と呼ばれていたことを思い出しました。

偉いお坊さんにはなれないと思い、真言宗の阿闍梨の修行を躊躇していた私は、
「泣き虫坊主」になることを目指して、5歳の私に戻ろうと修行を始めたのでした。

このように内部からの情報が、顕在化することもあるのです。

宇宙意識になる


ハイヤーセルフとつながること、これを神人合一(カバラではアダムカダモン)とも言います。
内在する神と出会うのです。
仏教では「この身、このままで仏となる。」とか「即身成仏」とか言います。

神である自分の自覚には神秘体験が重要です。
確信が持てるからです。

心は情報で出来ています。
神からの直接情報をとるためには、いままでの伝聞情報を捨てることが必要です。

縛られている価値観を点検し、個人ではなく、家庭人ではなく、日本人ではなく、地球人ではなく、
宇宙人としての意識を持つのです。
これを宇宙意識といいます。

宇宙意識となる修行はどのようにしたらいいのでしょうか?

意識が真の私ですので、強固な肉体のイメージは消してしまいます。
まず頭頂から会陰までのセンターチャネルを作ることです。

呼吸と共に天から、宇宙の氣を呼び込み、吐く息と共に足と会陰から大地に、
地球の中心に向けて氣を吐きます。

そして次に地球の中心から、足の裏と会陰を通して氣を吸い込みます。

このときのセンターチャネルは一本の棒になります。
胸は白く輝く月の形をしたエネルギー体です。

その上下には喉のチャクラと腹のチャクラが、蓮の華の形をしています。
その蓮の中から宝珠の形をしたエネルギーが頭頂と会陰に向けて広がっています。

このようなイメージ瞑想法から始めると良いでしょう。

密教はシンボリズム


人の意識は理性によって動かされるのではなく、情動によって動いています。

そのキーとなるのがシンボルです。
現象を動かすために重要なのがシンボルを創ることです。

多くの会社は商品のマークやロゴで自社のイメージを作り上げます。
コカコーラのボトルの形、ケンタッキーおじさんのマーク、ブランド商品の名前は価値を何倍にもさせます。

それでは私のシンボリズムは何なのでしょう?

実はバックグラウンド(虚空)から声がかかっていたのです。
「芝公園にドルジェを立てよ」と言うのです。

ヒンドゥー教によると、神は産み出す神・ブラフマン、育てる神・ビシュヌ、破壊する神・シバの三人です。
今の時代は破壊する神・シバ神がダンスをして人々が死んでいるのです。
シバ神の舞台は芝公園なのです。

ドルジェとは精神性の象徴、金剛杵・菩提(覚り)を求める心です。
その上、真南に外務省仮庁舎がありました。
女性の大臣が相次いでいるのは、日本に男性性(軍事・外交)が失われ、
ブッシュと言う指導者を男性として評価している現われなのでしょう。

チベットの色使いで、法具などを埋め込み、ドルジェ芝公園ビルを建てました。
その後ここが増上寺の裏鬼門であることに気づきました。

徳川家康は350年もの安泰な時代を作りましたが、彼の支配体制には風水師の指導がありました。
江戸城は鬼門に上野・寛永寺、裏鬼門に芝・増上寺を作りました。
邪気の入ってくるところを抑えることが重要だったのです。

そして住み始めたところ、近くに船井総研やサトルエネルギー研究所があることを知りました。
日本のシンボル宮城(江戸城)と、天皇家。
那須の道場も那須御用邸の鬼門にあるのです。

最近は意図せずに起こった、不思議なめぐり合わせに驚いている次第です。
今後この場所を中心に何かが動いていくに違いありません。