まんだらや那須道場道中での再生イベント
(2003年12月20日深夜〜早朝)
折しも冬至が22日、新月が23日という、エネルギーの変わり目に起こった出来事

始まりは、まんだらや店主小林宗峰さんの事故のビジョン。

ネガティブな内容のことなので、一生懸命打ち消したそうです。
で、一行はそんなことは知らずに高速も過ぎて、那須の田舎道でのこと。
寒波襲来で、那須はすでに雪。というか、雨があったのか、路面凍結で
乗った車がスリップ事故おこしました。

あっというまのことで、スリップしてるなあ、止まらないぞ、あれ、道の端までまで
来ちゃった、あれあれあれ。がったん。
で、2メートルほど下の刈り入れ後の田んぼに横転。

いつの間にか窓がおしりの下になっていて、見上げると空。
車は、片側しか扉のないバンで、扉の側を下に横転したので、
車の中から出られなくなっちゃって。

前席は小林さん、Oさん、中部座席にわたしとY子さん。後部座席にKさん。
車が横転する瞬間、思わず手を延ばしてY子さんを支えようとしたけど、
自分もひっくりかえる途中なんで、無駄でした。
でも誰一人、かすりきずひとつ、あざのひとつもない状態で。

あらあ、事故おこしちゃったみたい、って感じの車内。
車内の状態を確認して、買い込んだ2日分の食料が散乱している他は無事?
ってわけでもなかったかな。。。後部座席に仏像やら曼荼羅が積んであったんだけど、
それが、座っていたKさんに降り積もっていた。
大体これが、夜中の2時くらい。

一応運転手側の扉だけは開くから、脱出できることはできるんだけど、外は氷点下(多分)。
車の中でジャフが来るのを待つことになり。
あまりに手持ち無沙汰だったので、まりんさんに電話してしまったという次第です〜〜。

「今、車が横転して車内に閉じ込められてるの〜目の前にはお星様なのよ♪」って、
はた迷惑にも、仕事中のまりんさんにこんな報告をしてしまいました。

外を車が通る音。「あ、車だ」「あ〜ほんとだ」「あ、行っちゃった」
まるで遭難した船に乗っている気分。
立ち上がることも出来ず、散乱した荷物を背中に敷いていると、お腹が減って来て
「おなかすいた〜」と言ったら、その辺に散乱している野菜やら豆腐やらの中から、
リッツを探し出してくれたY子さんが「これでも食べてなさい」「お豆腐よりはいいでしょう」

背中からは深々と外の寒気が迫って来るし。
車内は暗いし。荷物は邪魔だし。身動き出来ないし。
で、あんまし面白い状態だから、携帯で写真を撮ってしまったという、のんきな一行。
で、ジャフが辿り着いて、リアのドアから外に出たら寒いの何の。
でも、めちゃくちゃお月さまが綺麗でねー。

とにかく荷物を出して、ジャフの車に積んで。
荷物は曼荼羅とか仏像。荷台に吹きさらしのすごい状態。
でも、なんだか思うに、このほとけ様達、そういう経験がしてみたかったのではないだろうか、
などと不謹慎なこと考えちゃったりして。

曼荼羅のひとつの軸が折れてたりしたけど、これも、折れてみたかったのかな、などと…
おまけに私は曼荼羅を運ぶ時に雪にずっぽり転んで、曼荼羅が雪まみれになっちゃったんだけど、
これも、「チベットが懐かしかったのかな?」…どこまでもこんな感じ。
横転した車はそのままに、道場に辿り着いた時にはすでに本降りの雪。

クレーンが無いと、車は起こせないというので、ジャフの車は、私達のタクシー代わりに
事故現場を往復しただけのことでした。
なんか、そんなこんなで、ひと心地ついたのは5時くらい?
そこでみんな無事だったってことで乾杯しちゃうところがなかなか素敵。

宴会がはじまっちゃって、いやあ、ほとけ様積んでたしね、守ってもらったんだよね、
ありがたいことだよね、死んでてもおかしく無い状況だったよね、
これはわたしたち、死んで生き返ったってことだよね、再生の儀式だったんだよ〜
などなど、すばらしくポジティブ。

本当にそういう感じでした。なにかが生まれ変わったんでしょう。

それから、なんだかこういう体験って妙に絆を強くする役目があったらしい。
それから思うのは、全てが起こるべくして起こっているだけのことだ、という認識。
色々あるんだけど、起こらねばならないことがおこっているだけだっって、すごく思う。

だからって、現状を全て肯定してしまう訳では無いんだけど…それなりにじたばたするし、
色々考えちゃったりはする、怒りもするし、悲しみもするんだけども、なんかお腹の部分で
「そうなのだ」って思っている。

まさしく「唯識」の認識。
皆がそれぞれの世界の中心にいて、その世界を動かしている。

どれもその人間が起こした現象だし、そういう意味では、絶対的自己責任の認識で、
目の前の現実は全て自分の責任という厳しいものだけど、
厳しいって考え方も、見方によってはそうでもない。

すべて、川は川であり、山は山である…
そういうレベルにはまだまだ遠いかもしれないけど、感じます。
今日も全てのことに感謝。ありがとーー。

で、護摩焚きの行方はどうだったのかというと、来るはずだった依頼者が、雪に阻まれ
(雪に阻まれたというより、あちこちで横転、スリップ、衝突???などの事故車のおかげで道が通れない状況)
道場までたどり着けず、護摩は再生を果たした私達のみによって上げられたのでした。

外はしんしんたる雪。
雪が結界の役目のようで、外界から切り離された空間での護摩は威力を増していたかも?
例によって例のごとく、不思議なライトの明滅なども起こって、場の雰囲気も盛り上がる護摩でした。

まりんさんとも話していたことですが、冬至の次の日の新月から旧暦では12月。

冬至は太陽の再生を祝うお祭り。
クリスマスはもともと太陽が新しく生まれる冬至の祭りだったといいます。
それが転じてキリストの誕生日になったとか。
カボチャを太陽の象徴としたりする風習もあるらしいです(これは東洋?)。

そういう太陽の再生と月の再生に関わる時期に私達も新しく生まれ変わったという感じでしょうか。

     (Report by Leiko)


蛇足 管理人/まりん

那須には直前まで参加する予定でしたが、急遽仕事の都合で行けなくなった私。
夜勤の仕事中、ケイタイにかかってきたのは、とんでもない状況なのに
異常にハイなLeikoちゃんの実況中継でした。
はぁ?なんじゃそれ
・・・・で、後日内容が判明いたしまして、このようなレポートと相成りました。

私にとっては、この派手な再生の儀式は必要でなかったということだったようです。
心静かに冬至の前後、再生しました。それもまた然り。
それぞれがブラボーな節目を迎えたようで何より何より。