錬金術師とクンダリーニ・ヨガ
錬金術


古代エジプトに起こり、アラビアを経てヨーロッパに伝わった原始的な科学技術。
近代科学の基礎が作られるまで全ヨーロッパを風靡。

卑金属を金・銀などとの貴金属に変化させたり、不老不死の万能薬を製出したりすることなどを試みた。
これらに成功はしなかったが、種々の化学物質を取り扱う技術の発達を促した。

                                      ――広辞苑――

錬金術とは


錬金術とは、化学実験器具を操作しているうちに、自分自身の人格が変容し、
呪術的な能力に目覚める意識変容の過程なのです。

そこには現代の先端科学が抱える、観察者原理が見て取れます。
物質の変容には、観察者の意識が加わってしまうのです。

物質と精神とは分離していないという考え方がありました。
そのような人々にとって、心の内部も、心の外部も一体なのです。

錬金術の達人(アデプト)は、水銀や鉄に直接話しかけます。
そうすると無意識が人格化することで、心の内側と外側は埋められてしまいます。

こうしてメルクリウス(水銀=天使・アグニ・神仏・ハイヤーセルフ)が出現し、
自分の役目が何なのか達人に教えるのです。

エジプトの錬金術


ミイラ作りの化学過程の中心は、ナトリウムの液に肉体を浸すことから始めます。

作業者は

『おお、何某よ、ヌンの原初の水が汝の棺の中に氾濫しつつある。
 汝は宇宙神・アトゥームとなる。いまや汝はアトゥームである。
 汝は全神々を飲み込み、一つとなる。
 神々すべてが汝に仕える。』 と唱えます。

ミイラ作りとは、神格の統合なのです。
ミイラが包まれるリンネルの包帯は、女神イシスと女神ネフティスです。
死者はオシリスと呼ばれ、妻の女神に包まれることを暗示されるのです。

金の爪に塗る時は
『ホルスのものなる金が、汝の爪に加わり、それによって汝は永遠になる。』
と述べられます。

エジプト人たちは、個人を永遠となし、個人をオシリスへ変容させ、
さらにバー(個人的集合無意識)を解き放つのです。

アラビアの錬金術師 イブン・スィーナー

アラビアの錬金術師 イブン・スィーナーは、
『長年の瞑想訓練によって到達する、脱魂(エクスタシー)技術や天賦の予言力を用いれば、
 人間の魂は物質的な事物をも変化させる神の能力がある。』と説いています。

神が『光りあれ!!』と言われた時に、光が生まれたように、
宗教的瞑想によって内なる神に近づくことができるなら、
その能力が得られることになるのです。

錬金術による変容の基盤は、これが前提なのです。

錬金術師 ジョルダノ・ブルーノ

彼は、内的な瞑想を通じて、マグスつまり魔術師になる方法を述べています。

ある種のマンダラ構造を瞑想することにより、自分自身の内的な人格を統合し、
外的な気が散った状況から開放させる と述べています。

ブルーノも実際にしばしば、共時性的な出来事を体験することにより、
内面が外面につながっているという考え方を獲得したのです。

これが昔は魔術的な作用と解釈されたのです。

錬金術師 ゲラルドゥス・ドルネウス

医化学の祖・パラケルススを師と仰ぐ開業医で、16世紀後半に活躍した人物です。
彼の下の言葉を手がかり(シンボル)にして神秘の世界に入門してください。
神秘は言語では指差せないものなのです。

『その割合が1対6である卑俗にして高貴なるものを、アエスクラーピウスの杖もつドラゴンに我らは与える。
 すると、落ち着きなく、興奮しやすいドラゴンは鎮まり、眠りに落ちる。
 その後2つの天然の泉、つまり白い水と緑の水の、2つの泉が現れる。

 泉はあふれ流れ、ドラゴンを覆い飲み込む。
 そして次の夏の暑さが舞い戻る時、ドラゴンが溺死した水は蒸発し、その遺体は海の底に横たわる。
 遺体を火の中に投げ入れると、生命を取り戻し失われたと思われし翼を快復し、飛び去る。

 しかし卑俗にして高貴なるものを吸収することでもうけられる子供は、火中に残される。
 その子供、その胎児、火中で生まれしが故に、サラマンドラ(火とかげ)のごとく火中にて自らを養い、
 見事に成長す。つぎにそれはまったき赤、血の色となる。

 ドラゴンが溺死した水よりも強運なる水で、それは洗われねばならない。
 その水につけることで、その母をも洗わねばならない。
 その目的は病みし人々の治療を可能と為すためである。

 血液からの魂の離脱により、病みし肉体の人々は蒼白となる。
 肉体の蒼白化とは、あらゆる肉体が被らなければならない過程である。』

以上「ユング思想と錬金術」M/Lフォン・フランツ著より抜粋    

カドゥケウス(アウスクラーピウス/ヘルメス)の杖

 一本の杖に蛇の絡みついた絵柄があります。
 イタリア・トリノで出会ったマリオ・ガロの店は200年続く老舗です。

 この象徴が扉と箪笥の表面に貼り付けられていました。
 この絵柄はクンダリーニ・ヨガの象徴です。


ヨガでは尾骶骨に眠る蛇のエネルギーが頭頂部まで上昇してくると、
 覚りが開けると考えています。

 真言密教の智拳印もこの象徴です。
 左手の中指一本に、右手の三本が絡みついています。

 上部の蓮の華はサハスラーラチャクラです。
 日本ではマニ宝珠を追って天に昇る龍です。

行法としてはイダー、ピンガラの左右の脈管に流れている気(プラーナ)を
 中央脈管に統合することを示しています。

 右は男性性、左は女性性です。

 この統合がチベットでは男女の交合した姿として、描かれています。
 中央脈管に気を流すことが暗示させられているのです。

錬金術師ドルネウスは両性具有のアダムの肋骨からイブを作ったことにより、
分離が始まったと述べています。
もちろんキリスト教の失楽園も分離の物語です。
この分離を統合することこそ、ワンネスへの道、覚りへの道なのです。