インド・ネパール・チベットへの旅
私は7年前、母から受け継ぎ15年間経営していた二葉工業商会を閉じ、新たな人生を始めました。
それまでの人生の中で不思議に思っていたことを解決したいと思ったのです。
日本新党に属していたことからもお気づきのように、社会全体の動きに対する関心は
動乱期の学生時代を過ごした影響でしょう。
金融問題に対する危機感から、衆議院議員の長浜博之氏を応援していました。
そこで学んだことは人の意識が変わらないと、社会全体も変わらないということでした。
日々の出来事はすべて、その社会の人々の心の反映であると感じたのです。
心がこの世界を作り出していると思えたのです。
その答えを求めてインド・ネパール・チベットの旅に出ました。
善財童子の求道の旅
ご縁というのは不思議なものです。
最近7年間の人生という旅の中で、私を阿闍梨に向わせていただいた方が5人いらっしゃいます。
最初は小林家の檀家寺である福成寺の元住職、西尾量恵さんです。
「まさか、輪廻転生を信じていませんね?」と檀家の年寄りに語りかける彼の言葉は、
臨死体験をした私にとって驚きでした。彼には仏教を考えるきっかけを頂きました。
残念ながら2年前ガンでなくなられましたので、反対意見を述べる機会は失われてしまいました。
次にお会いしたのが、ネパールで20年以上も聾唖と智慧遅れの子のボランティアをしていらっしゃる大木神父です。
元魚雷回転の特攻隊員として終戦を迎え、神父になられた方です。
当時の私は「物質的に恵まれないことは不幸である。」と思っていました。
しかし、ネパールを訪れ神父とお話しているうちに
「物質的に豊かな日本のほうが、自分が不幸であると思っている人が多いんじゃないだろうか?」
と感じるようになりました。私自身がそのようなサングラスをかけて世界を見ていたのです。
社会の価値観はそこに生活することで刷りこまれてしまいます。
日本でしか生活したことのない人は、その価値観が当たり前であると感じてしまいます。
最近10年の社会状況の変化は、日本社会の価値観が大きく揺らいでいることに起因しているのです。
私は宗教世界インド・ネパール・チベットを歩くことで別の視野を獲得することが出来ました。
その体験を整理し未来社会のビジョンを与えてくださったのが、
唯識学者でありトランスパーソナル心理学研究者の岡野守也さんです。
トランスパーソナル心理学の研究者ケン・ウイルバーの思想は私にとって密教思想の入り口となりました。
このような思想を学ぶことで、1500年前の弘法大師空海の言葉が輝いて見えるようになりました。
その密教思想の実践を求めていた私の前に現われた方が、
マハーサマーディ研究会代表・天外伺朗さん(ソニーのロボット犬・アイボの開発担当重役)です。
この研究会は「死に方研究会」です。この会の目的は死を考えながら、今の生き方を考える会なのです。
2000年2月に天外さんたちとアリゾナに行き、ネイティブアメリカンの儀式に参加した体験は、
彼らの深い宗教性を学ぶきっかけになりました。
そして五番目に現われたのが、心療内科医師・村上信行先生です。
「診察室に曼荼羅を掛けているよ。おまえも行ったら?」という親父の言葉でしたが、
病気をしないとクリニックには行けません。
鍼灸師の水流園先生のお引き合わせで、村上先生と会い息投合しました。
また目黒まんだらや主催のブータンやインドツアーにも参加していただきました。
1999年秋、村上先生が所属するホリステック医学協会の会長、藤波譲次先生が
日本密教学会で講演する予定になっていました。
ところが講演前にご病気になられ代演者として村上先生に話しが回ってきました。
講演を無事済まされた村上先生に、主催者の大阿闍梨・山崎泰広先生は阿闍梨となる修行を勧められました。
松戸に戻った村上先生は私に電話下さり、高野山での修行を共に受けることになりました。
先生との共同修行は仏教の面だけでなく、心を病んでいる人の苦しみや治療者の心得など、
さまざまのヒントを与えられることになりました。
藤波譲次先生は不思議なことに、この講演の間だけ病気となっていたのです。
その後マハーサマーディ研究会においてお会いした時、感謝のご挨拶を交わすことが出来ました。
このような人生の旅を、仏教では「善財童子の求道の旅」といいます。
歩んだその道は、献身のヨガ(大木神父)、知識のヨガ(岡野守也師)、行為のヨガ(天外伺朗師・村上信行師)
と進んでいったように思えます。