高尾琵琶滝から大山阿夫利神社へ

朝8時、不安な面持ちをした人々がまんだらやに集合する。
初めて滝に入る人が3人いるからやむを得ない。

空の様子はまずまずの薄曇。
昨日の雨は止んでいる。

首都高を走る車の中で・・・お互いの自己紹介的な会話が繰り出される。
まずは和気藹々だ。

Yさんは今日もハイテンション。おしゃべりが進む。

八王子のインターを降りるころには昔からの仲間のように打ち解けている。
エジプトのペイントがしてある、ビックリ館にアメリカ人のSさんは驚く。
高尾なのに「外国みたい?!」

ケーブル駅から歩き出すと・・・黄緑の木々が、透過光を浴びて新緑のシャワーを降り注がせている。
しばらく行くと右側に石の地蔵さんと、不動明王、空海、大日如来、そして七福神が赤い帽子をかぶって鎮座している。

反対側に流れる浅い渓流には小さな魚(岩魚・山女?)が群れている。
シャガの花が可憐な薄紫を散らばらせ、緑に彩りを添えている。

地蔵菩薩のお堂に向かい般若心経と地蔵菩薩のマントラ・・・。
線香の香りが気配を神聖なものに変容させる。

岩屋大師にはいつものおじさんが灯明を立てて見守っている。
小さな洞窟に入り、「南無大師遍照金剛」を7回唱える。

すぐに琵琶滝に着く。

いつものようにお堂に入り、滝行次第を唱える。
必死になっているせいかお経の時間はいつも短く感じる。

すぐに着替えになる。ふんどしをつけ、行衣を着ると覚悟も決まる。
塩をなめて、うがいし、塩で全身を浄化する。
バケツの水をエイッ!!エイッ!と掛け声をかけつつ次々にかぶっていく。

滝場に入ると、今日の水量は少ない。
何回も体験しているKさんが最初に入る。堂々として難なくこなす。

次々と滝に入ると仲間が一緒に般若心経を唱えて応援する。

緊張と夢中な一時は一瞬にして過ぎ、滝から上がると微笑が浮かぶ余裕が出来る。
日差しが緑の木の葉の間から漏れ始め、太陽が出ていることに気づく。

「自然ていいね〜!」誰かがふと漏らした言葉に皆うなずく。

着替えもそこそこにケーブル駅に戻ると、恒例の蕎麦屋「高橋屋」の古民家風の建物に吸い込まれる。
いつもの「麦トロとかけそば」で身体を温める。

これから仕事に向かうアメリカ人のSさんとは食後別れて、大山に向かう。
彼も初めての体験なのに落ち着いていたように見えたが・・・
後でジャケットを忘れたまま分かれたことに気づき・・・気が転倒していたことに気づく。

     

大山まで1時間半。
丹沢の隣、大山は1200メートルの小さな山ながら信仰登山の歴史を持った
素晴らしいロケーションにある。

ケーブルで神社に向かうと下社からは小田原湾に面した海が遠望でき、
風水の思想がうかがえる展望台でもある。

   

今回は途中の駅で降り、聖観音と不動明王の大山不動尊におまいりし、坂道を下社まで徒歩で登ってみた。
苔むした急な石段が歴史を物語っているのだが、ケーブルまでの土産物屋も、
参拝客のほとんどいないさびしい状況を考えると・・・この参拝地の経営はいつまで続くのだろうと思わざるをえない。

目に見えないものを尊ぶ文化が昔はあった。
しかし今は誰も来ない。今日も会った参拝客は6人か7人。
これが今の日本の混乱の状況を作り出している現状なのだろう。

宗教性の崩壊が、その国の崩壊につながる。
唯物論では・・・この状況を救えるはずが無い。

   

帰り道の最中「龍神よ来い!!」とKさんは突然叫んだ。
それから1時間・・私たちは東名高速道路を、
高速ワイパーを必要とするぐらいの土砂降りの中を進まざるをえなかった。

コトバが世界を創っているのか?!
祈願の力が思いのほか増したせいか・・・単なる偶然か?!
稲光まで上下に天空を分かち、これからの時代の変容を暗示している。

東京に戻り、突然入院した仲間を見舞った。
彼女も滝に行くはずだったのだ。
大山神社の御神水は彼女への最高のお土産だ。

これを渡すと・・・涙した彼女の優しさが・・・皆を感激させた。

本当にいい一日を過ごすことが出来たことを、目に見えない神々と参加の皆様に感謝します。
ありがとうございました。 

宗次郎 拝