神なき教育は、智慧ある悪魔を作る!!
どのような智慧が必要か?

ネパールで30年ものボランティアをされたイエズス会「大木章次郎・神父」は
ガリレオの言葉として「神なき教育は、智慧ある悪魔を作る!!」と常々話をされていました。
福島原発・一号機がメルトダウンしてしまいました。
皆様には東京電力と原発協力者の人々が「智慧ある悪魔」に見えてくるのではないでしょうか?
明治の支配者である元勲たちは、江戸時代のシステムを変更し、
天皇をシステムの最上位に置き、天皇を「神」としました。
そしてこのシステムのまま明治・大正・昭和と続き、太平洋戦争の敗戦後、天皇はこの座を追われました。
その失われた最上部の位置に、会社というシステムが配置され、
それ以降、「会社」が神となりました。
会社という有限責任(無責任)のシステムを信じている人は、
会社以上の価値観のあるものを発見することはできません。
食べるためには「会社が必要」という、システムの奴隷になってしまうのです。
会社=自分(無意識の)という方程式が、無意識の中に刷り込まれてしまうのです。
自分とは何か?

東京電力の選ばれたエリートたちは、人類の代表という意識もなく、
会社のために、現在のシステム(明治的啓蒙主義)のために、判断を重ねてきました。
ところがその社会で生活をする私たちは、個人であり、会社人であり、日本人であり、
人類であり、地球人・宇宙人なのです。
その抽象度を上げた、上位概念(宇宙人・地球人・日本人・・・)に自分を引き上げて考えることは、
とても難しいことなのです。
そこで人がちっぽけに見えてくるために、神が必要となるのです。
神の「ない」教育とは、人の力を思いあがって、大自然(神=地震・環境)を支配できる
と思ってしまうことです。
神の「ある」教育とは、人類がきわめて愚かなものであり、過ちを犯すものであるという
自覚を持つということです。
歴史を見ればわかりそうなものですが、このような人々は、戦争の歴史から学ぼうとはしていません。
失敗はすぐ忘れてしまうのです。

そして、支配しているお金(貨幣経済)を利用し、その支配構造を広めていくのです。
支配のために、多くの必要もない建物が、原発推進の見返りとして作られてきました。
愚かさとは無明ということ

この支配者たちに欠けていることが、上位概念の情報がないということです。
それが、欲望まみれの「神なき教育」なのです。

貨幣経済のシステムの上位概念を想像することができないのです。
これを仏教では「無明=上位概念・情報不足」と呼んでいます。
仏教は「少欲・知足(しょうよく・ちそく)=欲を少なくして、足るを知る」を重要視します。
これも欲望の虜になりがちな、過去の人間の過ちを見つめているから言えることなのです。
人の心が、貪欲・怒り・愚かさ・疑い・高慢(五毒)という煩悩を持ってしまうのです。
常日頃、懺悔(サンゲ)の心を忘れずに精進したいものです。

     オン・サルバ・タターガタ・ハンナ・マンナノウ・キャロミ
           (一切の如来に 帰依したてまつる)

私たちには、畏怖の心を持って、祈ることしかできないのかもしれません