旅行記 ネパールの祈祷師を訪ねて

2002年8月25日(日)〜9月1日(日)

月曜日

インド占星術のマンガル・ジョシ師

トリビュバン大学の工学部教授にして、占星術師。
お父さんは、国王の占星術師です。

”ジョシ”の名は、占星術師のカースト。
予め日本からメールした情報を元に、
ホロスコープを書き、占ってくれました。


タンカ絵師のロク・チェトラカール先生

ゴールデンテンプル(パタン市)の壁画を描いた
ロクさんのアトリエを訪問。

上手な日本語で、曼荼羅(タンカ)の説明をしてくれました。

ロクさんは、ネパールの伝統文化を守るタンカ絵師として、
NHKでも紹介されています。

火曜日

祈祷師のディヨ・マー

ハルティマター(鬼子母神)が憑依する祈祷師
ディヨ・マーのお払いを受けました。
子供が”試験の勉強がうまく行くように”と、
聖水を飲み、神のエネルギーをもらっています。


パシュパティナート

ヒンズー教の修行者達が住んでいる川のほとり。
毎日人々の前で遺体が焼かれています。
ネパールでは、”死”も身近です。
一方、日本では、”死”を見えなくして、遠ざけてしまいます。
しかし、食べ物(肉)を食べるにも”死”が必要です。
土曜日に、ダッチンカーリー寺の”いけにえの儀式”を見ます。

水曜日

バクタプール

古き文化の香り漂う古都バクタプールは、ベルナルド・ベルトリッチ監督の映画
「リトル・ブッダ」のロケ地です。
緑の田園に囲まれた高台の遺跡は、15〜18世紀にかけて栄えたマッラ王朝のものです。

バクタプールのニャラポタ寺院は、18世紀はじめに作られました。
武士、象、獅子、グリフィン、女神の一対の像が階段の両側に並べられています。


ゴダワリ植物園

植物園は研究用の場所を観光用に見せているだけでした。

奥にあるゴダワリクンドは、聖水のあふれる聖地でした。
緑の田んぼに囲まれた静かな場所で、ゆっくり瞑想ができました。

木曜日

チャンピー村のバジュラ・ヨギーニ

インドラ・ゴティ・タパ(36歳)が13歳の時に、
夢の中にバジュラ・ヨギーニが現わました。
朝、目がさめると枕元に蛇がとぐろを巻いていたそうです。
おじいちゃんがその蛇を床に叩きつけて殺して、
窓から放り投げました。
すると、彼女は「まだ、私は生きている。」と、しゃべり始めました。
庭を見ると殺したはずの蛇が消えていました。

そこで、家の人はナーガ(蛇の神)が憑いたと信じ、お寺につれていきました。
お寺で家にこもったまま3年3ヶ月の修行を命じられました。
修行を終えた今も”十字路を歩くと憑いた神が帰る”とされ、遠くには行けない人生を歩んでいます。
今でも年に1回は、バジュラ・ヨギーニの寺で1ヶ月の修行は欠かさないそうです。

神降ろしを頼むと、静かに両手を広げ、手の裏で腿をたたきだすと、体が震え出します。
ゆっくりとした言葉で神のお告げを語る姿は、祈祷歴23年の賜物でしょう。
?
11歳の時に授かった息子がいるため、ネパール中の不妊に悩む人々が訪れ、
今までに286人の人が出産に成功したそうです。最高齢は48歳だそうです。



偶然にも、この日の晩に行った民族舞踏レストランで、
「バジュラ・ヨギーニダンス」を踊っていました。

金曜日


チベット僧ワンゴン・リンポチェの祈祷

左手で金剛鈴を鳴らしながら邪気払い、
金剛杵、独鈷杵などで頭頂や胸のチャクラから
エネルギーを入れます。


ボーダナート

この後、日本の僧・河口慧海が長期滞在していたボーダナート
(チベット仏教の寺)をお参りしました。

土曜日

ヒンズー教の儀式(ダッチンカーリー寺)

血の好きなカーリー女神に、血をささげる”いけにえの儀式”です。
お寺は、鶏と羊を連れた人々であふれていました。

ネパールの人々は、神の前で殺すことによって聖化(サクリファイ)
すると言い、儀式により神を作り出しているのです。
?
日本人には見ていられない状況かもしれません。
しかし、肉は、屠殺すること(つまり、動物の”死”)によってしか、
私たちの口に入らないことに気づかされます。


奥の院にお参りに行く途中、サドゥー(ヒンドゥー教の修行者)が
手相を見ていました。
シッディ・サイババの雰囲気の方でした。

手相を見ていただいた方が、2日前にバジュラ・ヨギーニに言われたことと
同じこと(「2ヶ月後に、結婚相手が現われる」)を言われて驚いていました。


帰りに、チベット僧パドマ・サンババが修行をしたと伝説のある、
パルピンのパドマサンババ洞窟に行きました。

洞窟の入り口の岩には、くっきりと彼の手形が残っていました。