私の初夢
(2013年元旦)
足るを知ること

倉本:僕らは節約が美徳で浪費が罪悪と教わっていたから、戦後の資本主義の、
    アメリカに追いつけ追い越せという日本についていけなかった。

    日本がスーパーカーになったのに、ブレーキとバックギヤを付け忘れてしまったように思えるのです。

    そのために北海道に富良野塾を作ったのです。

    今回の震災にはA面とB面があるように思えます。
    A面は地震・津波ですね。
    B面は原発です。これはもう完全な人災ですから。

    水俣病で苦しんでいるお年寄りに聞いたら「風評被害とか、賠償金にまつわる人と人の対立とか、
    自分たちがかつて苦しんだことを繰り返しているように思える。」と語っていました。

玄田:ブレーキやバックギヤのほかに、ハンドルの遊びもなくなっているように思えます。
    意味があるかないかわからない遊びの中に、希望が隠れているような気がするのです。

倉本:共同生活をする富良野塾では、家さえも自分たちで作ります。

    彼ら塾生に「生活用品を挙げろ」と聞いたら、
    一位が水、二位がナイフ、三位が火、四位が食い物だったのです。

    それを雑誌社が聞いて渋谷でアンケートを取ったら、
    一位がカネ、二位がケータイ、三位がテレビ、四位が車だったのです。

倉本:3・11のあと、私たちは岐路に立たされたのです。

    ひとつは「今のゼイタクは捨てられないから原発はいる。だけどリスクは覚悟する。」
    もう一つは、「放射能はいやだから昔に戻す。」という選択です。

    原発を動かそうという人は、自分だけはどこかに逃げられると思っているのでしょう。
    自分の家族がやられるというリアリティ(現実感)を想像できないのです。

玄田:物事の考え方には二通りあります。

    ベストな状況を考えて向かっていくタイプと、
    最悪の状況をリアルにイメージして、起きないように最大限の準備をしながら祈る人です。

    釜石で82歳の矢幡さんというおじいさんに会いました。
    戦争中はアメリカの艦砲射撃にも生き残り、戦後遊園地を作っても倒産、
    今もうまくいかなくっても頑張っている人でした。

    その彼に中学生が聞きました。
    「今の夢ってなんですか?」

    「夢を持ったまま、死んでいくのが夢だよ。」と答えたのです。

    「かなわぬ夢を持つ」のがくだらないのではなく、
     夢を追いかけることに尊さがあるし、貴重だと思えるのです。

玄田:家族の絆も重要なのですが、最近はゆるい絆を作っていくことの大切さをよく言っています。

    自分と違う世界に生きていて、違う体験をしている人としゃべっていると
    「ああ、こういうことがあるのか」とわかり、「自分だったらこうするな」と感じる中で
     自分の希望を見つけることが多いんじゃないかなと思っているのです。

    被災地を忘れないようにしたい、でも、そこだけでなく広島、長崎、沖縄、福島は
    日本人が忘れちゃいけない場所なのです。


『明日を開く』〜〜(脚本家・倉本聰の対談)より抜粋・東京新聞2013年元旦



一人一人が問われている、生きる意味と自身の生き方の選択。

私は若いときから岩登りをしていて、最悪の状況で判断するという訓練をしました。

そこから「死とはなんだろう?」という疑問が生じました。

その後チベット密教の死生観を学び、少しは生きるのが楽になったかなと思います。

そこで団体組織ではない、まんだらや蓮の会を作り、ゆるい絆で必要な時に結びつける友人を求めています。

少欲知足が仏教のテーマです。

アクセルばかりの現代文明に、このようなブレーキとバックギヤとハンドルの遊びを取り付けるのが、

私の初夢なのです。

(小林宗峰)