武蔵御嶽神社の修業体験
神道の精神


神道では 「すべてのもの(人も自然も)は完成していて、清く正しく睦まじく、共生している。」

と考えています。

ところが私たちは、都会の生活で社会的価値観(煩悩)に洗脳されてしまい、
清き心を失ってしまいがちです。

そこで、神霊の宿る、聖なる山岳において、生まれたときの初心に戻り、
滝行(禊)、山駆け、振り魂、鎮魂などの行法を実践することを通して、
身体から離れている魂を、体内に結び止めようとするのです。

古神道の行法
川面凡児(かわずらぼんじ)の禊行


(1) 鳥船(とりふね)

 神代にあった船に乗り、魂(個人的意識体)を別次元の世界へ移行しようとします。
 掛け声と共に舟をこぐ動作をします。

(2) 雄たけび

 人間の体は三相の身体になっていて、霊(ひ=高次の意識体)と、魂(たま=個人の意識体)と、
 身体で出来ています。
 霊(ひ)を「イク・タマ」と唱え、魂(たま)を「タル・タマ」と唱え、
 身体を「タマ・タマル・タマ」と唱え、身体に二つの魂を定着させようとします。

(3) 雄ころび

 大声で国之常立尊(くにの・とこたちの・みことー)と叫びます。
 気合をもって周辺にある邪気を祓おうとするのです。
 額に置いた剣印の指を「エイ!!」の掛け声と共に、邪気を切り裂きます。

(4) 気吹(いぶき)

 周辺の大気の息吹を両手ですくい、神聖な霊気を頭頂から丹田に入れていきます。

(5) 振り魂(ふりたま)

 組んだ手を丹田を中心に上下させると、丹田に気力が満ちてきます。
 マントラとして「ハラエド・ノ・オオカミ」と唱えます。

(6) 鎮魂(ちんこん)

 鼻で息を押し出し吐き出す。
 横隔膜を押し下げて下腹をへこませ息を吸い込む。
 止息(10秒)息を吐き出す。
 止息(10秒)息を吸う。
 この繰り返しをしているうちに、意識は表層意識を離れ、普遍的集合無意識に近づいていきます。
 ビジョンや声が聞こえるようになるのです。

(7) 本来の私たちは、霊(ひ)と繋がっています。

 レイキ・ヒーリングでは身体の中に宿る霊(ひ)を「直霊(なおひ)」と呼び、
 真言「チョクレイ」と唱え、言霊の力で身体に取り戻そうとするのです。

 川面凡児(1862〜1929)は15歳のとき宇佐八幡の神体山で、
 697歳の仙人・蓮池貞澄(はすいけさだすみ)と出会う。
 国学の研鑽に励み、明治18年、23歳の時に小石川の伝通院で仏教の研究を始める。
 蓮華法印(れんげほういん)の名で論文を執筆。
 淑徳女学校で教鞭をとり、政治ジャーナリストとして活躍。
 明治39年、東京谷中の草庵にて「大日本世界教・稜威会(みいずかい)」を設立、
 神道家としてスタートしました。
外国人の神社修業・体験記


新宿発の奥多摩五号の電車に集まった面々は9人。
フランス人女性・オーリーとアメリカ人男性・ロバートが加わり国際的だ。

神社の修行は「まんだらや」の年中行事だが、今回は初めての人が多い。
おしゃべりで夢中になっているうちに、車窓の風景は家並みの続く都会から、緑の多い渓谷を走るようになる。

ぱらつく雨の中、駅前からのバスに乗り、ケーブルに乗り継ぎ上の食堂に着く。
一同が集まって、自己紹介・・・外人の二人も日本語が堪能なので、皆安心する。

   

歩いて10分、宿坊の「山香荘」は骨董品・民芸品のカフェのような趣のある宿だ。
男女別に同じ部屋をあてがわれ、修学旅行のような気分になっている。
遅れてきたメンバーもそろい、10人になる。

一日目の修行は滝で始まった。

30数人の男女が滝の前に一列に並び、次々と入っていく。
ふと見るとロバートが辮髪(べんぱつ)をしているのに気づく。

髪の一部を編んでオサゲのように伸ばしているのだ。
ぽっちゃりとした大柄の身体と辮髪。まるで「不動明王」のようだ。

日本人であるお母さんの無意識が移ってしまったのか?
本人は「不動明王」など知らないし、*辮髪の意味も知らないと言う。

フランス人女性のオーリーも必死の形相で滝に入っている。
彼女は毎週火曜日の「冥想の会」に参加しているが、前世が日本人だったと「自分探しの旅」を続けているのだ。

滝に入る前に、雄たけび、雄ころび、振り魂などの行法を行い、大声を上げる。
日々の生活とはかけ離れた、時を過ごす。

滝を終えると、神社に戻り「大祓いの詞」を読上げる。
一回読むと4分以上かかる。これを正座をしたまま6回読上げるのだ。

ロバートは剣道をしたことがあるので「30分ぐらいの正座はOK!」と自慢している。
二人は「リーダー」として名乗り出たので、高天原(たかまがはら)に神留(かむづま)ります・・・。
・・・此く宣らば(かくのらば)・・・と大声を上げて唱え、日本人が続いて唱和した。 

緊張の24分が経った。

終了と共に「ドタッ!」オーリーが横座りになった。
「イ・タ・タ・タ」しびれた足が戻らない。
3分もマッサージをしてから、やっと立ち上がれるようになったのだ。

神社からの急な階段を下り、宿に戻ると夕食が待っていた。
皆おなかがペコペコだ。挨拶の言葉もそこそこに食事が始まる。
食事も修行の一つ。

真剣に食べていると目の前のオーリーがゆっくり食べている。
みなが終わり一番遅くまで食事をしていた。
みな正座の足も痛いので、早く終わりたいのだが・・・・!!

*辮髪(べんぱつ)
 アジア北方民族の髪型。
 満州の清朝が中国本土に侵略し、漢民族にこの髪形を押し付けた。
 不動明王の髪型は、強い男のイメージの象徴として作られた。

   

翌朝は早朝に滝に向かう。
朝の滝は霊気が一杯だ。
行法も慣れてきてスムーズに進む。

滝の上にある「金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)」も朝の光で輝いている。

宿坊に戻って、食事の後、山駆けになる。奥の院を目指すのだ。
奥の院は三角錐のピラミッド状の山。
氣やレイキや神の気配は三角形の上に降りることを、昔の人々は知っていたのだ。

1時間後には奥の院で冥想、その後大岳山に向かう。

またオーリーが足の痛みを訴える。
今度は左ひざが痛いという。テーピングをして足を保護する。
普段歩いていないと、この修業体験は辛いものになるのかもしれない。

山駆けの修行を終え神社に戻る。
神社の由来を説明され、修了証書をもらうころには心も緩み、みなニコニコ顔になっている。

山を降り、バス停そばの「そばや」で好例の食事会。

私はこの一時が楽しくて、一日だけビールを抜いたのだ!!
我慢をした後の、開放感はなんとも言えない喜びだ。

話に夢中になっているうちに、外は真っ暗になっていた。
このころの電車は、30分に一本。あわててネオンの輝く都会へ戻る電車に飛び乗った。

また都会の価値観で染まったら、禊に来て見よう。

新宿駅で同じ釜の飯を食べた仲間たちは、三々五々、個人の生活に戻って行った。
また、汚れがたまるころ・・会えることだろう。