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参加者(70名以上)と薬王院の僧侶の方々が、蝋燭の明かりのほの暗い本堂に参集して、
太鼓、錫杖の鳴り物入りで、般若心経を50回唱えまくる。という、
大げさですが魂のイベントでございます。
まじめに参加すれば、これが誇大な表現でないことが十分わかることでございましょう。
このイベントではほとんど、忘我の状態に入ることができると思います。
声を出したり、錫杖を振ったりしてはいますが、結構、瞑想状態に入っています。
人により、感じ方は、まちまちでございますが、終了してから、
近くの年配のご婦人は、泣いているのでございます。
おそらく、何かに感動したのでございましょう、ある種の感動は、
啓示、イメージ映像、音、声、文字、言葉、などがともなうことがあるようです。
参加者(70名以上)の魂がひとつになって、ある世界を作り上げているというか、
何かを呼んできているというか、全員でいってしまっているというか?
時間とか空間とか人間とか性別とか年齢とか、関係ない、なにか無意識の世界に?
うまく表現できないですが、これが宗教のある側面、ある種真髄、本質、
といっても過言ではないかもしれません。
たとえば大勢の人間がこのようにひとつになり、魂をささげてしまうような事態だと
一人ひとりは怖いものはなくなる、
古代から現代まで時の権力者たちが恐れ、厳しく弾圧したものの正体を
感じたような気がするのでございます。(大袈裟です)
宗教は違えど、天草で弾圧されたキリシタンのみなさまも、
このような世界に集団で、こういうことが悪用されると
悪いたとえだと、戦前の日本、イスラム過激派などに共通することが
いえるかもしれないのでございます。なに言ってんだろ。。。
この境地になれば、宗教の種類に関係なく、命をささげることはたやすいことでしょう。
忘我の状態になっていて、ここで命令ひとつで、催眠術にかかったように行動するのかも知れませ
ん。
私自身も歴史の彼方のこの魂がひとつになるような状況に参加していたら
命を投げ出してもいいと思うのでしょうね。
あとですね、一心不乱にとなえているのですが、太鼓、錫杖、読経以外の、
音、声などが聞こえることがあります。
また、何かが見えたり、どこかに行ってしまっていたり、何かを感じたり、
信じるか信じないかは、まず体験してみることでございます。
このイベントだけでも今回の修行参加の価値は充分あるのでございます。(ちょっと大袈裟です)
いつもは何処でもすぐ眠れるほうなのですが、十人部屋で結構いびきが聞こえて、
なかなか寝つかれませんでした。
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