密教はヒンドゥー教の教えだ!!

         

                 

★多くの親戚を敵として戦いに進まなければならないアルジュナ。

 四頭立ての馬車に乗る神の化身クリシュナに教えを求めるアルジュナ。

 現世の義務を果たしつつ究極の境地に達する道を説く。

 

<transmigration>

As the enbodied soul continuously passes in this body,

from boyhood to youth to old age, the soul similarly passes into another body at death.

such a change does not disturb the minds of those who know the truth.

バガバットは薄俄梵(バガボン)と音写し、世尊と訳される。

究極は、赤塚不二男のバカボンのパパなのじゃ〜!!「それでいいのだ!!」という教え。

ヒンドゥー教の教えは密教の奥義になっています。

<すべては平等(同一)である?>

大叙事詩「マハーバラータ」の第六章に「バガバット・ギーター」は収められています。

合戦が始まったとき、勇者アルジュナは敵軍に大勢の親類や友人たちがいるのを見て、非常に悲しみます。

そして御者をしてくれた友人クリシュナ(実は最高神の化身)に教えを受けるのです。


アルジュナ:

「クリシュナよ、戦おうとして立ち並ぶこれらの親族を見て、私の四肢は沈み込み、口は干からび、身体はふるえ、総毛立つ。

 クリシュナよ戦いにおいて親族を殺せば、よい結果になるはずはない。

 クリシュナよ私は勝利を望まない。王国や幸福も望まない。
 ああ、我々はなんという大罪を犯そうと、決意したことか。

 王権の幸せを貪り求めて、親族を殺そうと企てるとは?!」

クリシュナ:

「あなたは歎くべきでない人について歎く。しかも分別臭く語る。
 賢者は死者についても、生者についても歎かぬものだ。

 私は決して存在しなかったことはない。あなたも、ここにいる王たちも。
 また、我々はすべて、これから先、存在しなくなることもない。

 主体(個我)はこの身体において、少年期、青年期、老年期を経る。そしてまた他の身体を得る。
 賢者はここにおいて迷うことはない。

 物質との接触は、寒暑、苦楽をもたらし、来たりては去り無常である。

 それに耐えよ。アルジュナ。

 それらの接触に苦しめられない人、苦楽を平等(同一)のものと見る賢者は、不死となることが出来る。」

物質との接触に苦しまない人、つまり苦楽を平等に観る賢者が、生死を解脱することが出来るとされます。

ギーターはヨーガ(瑜伽)についての教えであり、ヨーガは「平等の境地である」と説いています。

個人の中心主体とは霊魂のようなもので、特定の肉体と結ばれている間は個人の中心主体ですが、
同時にそれは全世界をあまねく満たすものとみなされています。

逆に言えば、宇宙をあまねく満たすものが、精気や霊気のように、個々の生物に霊妙なあり方で入り込んでいるのです。  (p44)


インドには行為を行えば悪い結果が生じるので、一般の世間を捨てよという考え方がありました。(出家主義)
初期の仏教も、一般の常識に反することが多くその教えでは、一般の社会人は救われないとして、大乗仏教が出てきたのでしょう。
(密教でも、平等性智という教えで、ジャッジしない無分別智を説いています。)

クリシュナ:

「アルジュナよ、執着を捨て、成功と不成功を同一の物と見て、ヨーガに立脚して処々の行動をせよ。

 ヨーガは平等の境地であるといわれる。」

(ヨーガとは心の動きの止滅である。ヨーガは三昧である。
 また、ヨーガは「結合」という意味があり、絶対者と自己を結びつけることがヨーガであるともいいます。

 密教では瑜伽と書き、ユガと読みます。
 密教の祈りは、神仏と結ばれる瑜伽行なのです。)

       〜〜〜〜「バガヴァッド・ギーター」の世界 上村勝彦(NHKライブラリー)より抜粋


祈願文(きがん・もん)

至心発願(ししん・ほつがん)  :心より願います

天長地久(てんちょう・ちきゅう):台風も地震もなく変わりなく 

即身成仏(そくしん・じょうぶつ):この身このまま仏となり

密厳国土(みつごん・こくど)  :三密で荘厳された浄土に

風雨順時(ふうう・じゅんじ)  :いつものように雨が降り

五穀豊鐃(ごこく・ぶにょう)  :穀物の恵みも豊かに

万邦協和(ばんぽう・きょうわ) :国同志のいさかいも無く

諸人快楽(しょにん・けらく)  :人々が相集い

乃至法界(ないし・ほうかい)  :この世が理想世界となり

平等利益(びょうどう・りやく) :すべてが平等になりますように!!


なぜ私たちは、この世が平等(同一)ではないと思うのでしょう?

密教では考えた力(個人の中心主体:意識体)が、輪廻すると考えています。

その身体のことを、チベット密教では微細身(オーラのような)と考えています。
粗大な身体(肉体)は、その影響を受けています。

前世で繰り返した意識が、この世に影響し、この世で行ったことが来世に影響するのです。
これをカルマ(業=特定の思考傾向)と考えています。

このカルマを浄化するために、私たちはこの世に生まれてきたのです。

カルマ(特定の思考傾向)とは、それまでのプログラミング(薫習)です。


自分にとっての一回の人生しか見えないと、その考えに固執します。
でも自分の人生を普遍的(多くの人生のうちの一つ)に考えることが出来ると、自分の執着(カルマ)が観えてきます。

無意識の中に多くのカルマがたまっていて、誰かの言葉で汚されているのです。
その思いは、精神的には程度の低い父、母や先生などの言葉かもしれません。

釈迦やイエスの高度な人格者の言葉ではありません。

理解できずとも、お経や祈願文の文章を声を出して読むことから始めましょう。

それが最高のカルマ落としの修行法なのです。

舎利礼文(しゃり・らいもん)

一心頂礼(いっしん・ちょうらい):心を込めて礼拝します。

万徳円満(まんとく・えんまん):今までの多くの功徳を集めて、

釈迦如来(しゃかにょらい):釈迦如来の

真身舎利(しんじん・しゃり):シンボルである仏舎利を

本地法身(ほんじ・ほっしん):理想の意識の身体の中心、

法界塔婆(ほうかい・とうば):理想世界に立ち上がる、卒塔婆のように、

我等礼敬(がとう・らいきょう):私たち皆が、敬い礼拝します。

為我現身(いが・げんしん):私たちのこの身がこのままで、

入我我入(にゅうが・がにゅう):宇宙意識に参入しますように、

我証菩提(がしょう・ぼだい):菩提の目覚めを得ますように。

仏加持故(ぶっかじこ):仏さまの加持(慈悲)の力により、

発菩提心(ほつ・ぼだいしん):菩提の真理を求める心を発し、

修菩薩行(しゅ・ぼさつぎょう):菩薩としての修行が行えますように。

同入円寂(どうにゅう・えんじゃく):欠けることのない、寂静の境地に

平等大智(びょうどう・だいち):すべてが平等であるという智慧を得て、

今将頂礼(こんじょう・ちょうらい):いままさに礼拝するのです。




  

★ばくちに夢中になる王侯貴族たちの絵

<Gates to Hell>

There are three Gates that open the way to hell,and the degradation of the soul:

Lust,Anger, and Greed.Aboid these three at all costs,O Arjuna.

魂の堕落と 地獄への扉を開く 三つの門がある。

肉欲と、怒りと、貪欲だ。

どんなに大変でも、これらを避けなければいけない。アルジュナよ!!

懺悔文:さんげもん (読み下し文)


無始よりこのかた 貪瞋痴(とん・じん・ち)の煩悩に まつわれて、

身と口と心とに、 つくるところの もろもろの罪科を 皆ことごとく 

懺悔したてまつる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

無始・・始まりのない魂の輪廻、だから終わり『死』もない

貪瞋痴・・貪欲・いかり・愚かさの三つを仏教では三毒と呼ぶ

煩悩・・社会的価値観=性癖=セイヘキ

罪科・・つみ・とが。社会的な失敗

身と口と心・・人の身と口と心『三密』が、地獄への門と仏教では考える

懺悔・・仏教語の発音・さんげ:悔い改めること

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


懺悔文 (漢文)

我昔・所造・諸・悪業 (がしゃく・しょぞう・しょあくごう)

皆・由・無始・貪瞋痴 (かいゆ・むし・とんじんち)

従・身・語・意・之・所・生 (じゅうしん・ごい・しょしょう)

一切・我・今・皆・懺悔 (いっさい・がこん・かいさんげ)




     

★空色の顔をした、クリシュナの前で争う貴族たちの絵。


<Friends and Enemy>

For one who has controlled the mind,it is the best of friends,

but for one who has failed to do so,it remains the gretest enemy.

心を制御した人は最良の友となれる。

しかし、それに失敗した人は、最大の敵になる。

すべて、この世で起こる出来事は、あなたの心の作り出している幻影だから、

あなたが自分の心を制御できれば、すべての人が友となり、制御できなければ、すべての人が敵になる。



        

★多くの過去世の顔に囲まれる、青い身体のクリシュナ。

<Wisdom:般若の智慧>

When one is illumined with the wisdom by which nescince is detroyed,

then this knoweldge lights up all things,just as the sun reveals the world at dawn.

無知を滅ぼしたとき、その智慧は夜明けの太陽の光芒のように、すべてのものを照らし出す。

人は智慧により、光り輝く。

密教では護身法という印を作ることにより、自らが光り輝く身体になったというイメージを作ります。

すなわち思え、如来の大慈大悲の甲冑を被ることを得て、
一切の天魔および、もろもろの障者、行者の威光、赫々(かくかく)たること、日輪のごとくなるを見て・・・・

密教は能動的想像(アクティブ・イマジネーション)を重要視します。

金剛薩タ(菩提心を持つ人=求道者)より大日如来(内的太陽が輝いている人=智慧の完成者)への進化が
密教の道なのです。