メジュゴリエの証言者たち

バリーの場合

バリーはプロテスタントの洗礼を受けているが、神を信じてはいなかった。
そして神なしにことを行うのを誇りにしていた。

しかし彼の心の中には、深く埋もれた一つの記憶があった。
かって若いころ非常に困難な時期を経験したとき、彼は神に祈ったのだ。
「私によき妻を送ってください。」
 
その後しばらくして彼は車の故障のために、一軒の見知らぬ家の近くに車を止めなければならなかった。
玄関に取次ぎに出た若い女性にすっかり参ってしまったので、彼は3ヵ月後に彼女と結婚した。
神はこのように幸せな結婚でもって、こんなにも早く報いてくださった。
彼はこの神秘的な神に感謝するのを忘れていた。
妻のパトリシアはカトリックだった。

・・・・そして時が経ち、パトリシアは40代になって、物質主義で疲れ果てたイギリスにおいて、
自分もあまりにも霊的孤立に疲れ果てていることに気づいた。

メジュゴリエが進路を外れることから彼女を救い、毎日天(の神)が地(の私たちの元に)にやってくる場所である、
メジュゴリエで神の御心の中に浸されることを彼女に可能にしたのは、ちょうどそのときであった。
 
あるときバリーとパトリシアがテレビを見ていると、ボスニア・ヘルツェゴビナで戦争が勃発し、
ボスニアへの物資輸送のボランティアを募集していた。
彼女はこのボランティアの中心者とも面識があった。
すると突然、バリーは「俺は大型免許を持っているから、この冒険に参加したい。」と言い出した。

2週間後、冷やかし半分のバリーは、トラックのハンドルを握って、メジュゴリエ入りを果たした。
彼が気を配ったことは物資が難民の手に届くことだった。

夜を通して仕事をし、早朝彼らに与えられた部屋に戻ると、パトリシアは何処かへ出かけていた。
バリーはテラスに出ると、谷の下方に教会が見えた。
彼の目は空に屹立している二本の塔に引き付けられ、この教会に対する抵抗しがたい引力を感じた。
彼の頭の中には一つの考えしかなかった。
「この教会の中に入って祈らなければ。」

彼は自分で自分を理解できなかった。
祈る?神に?
根っからの無心論者である自分が?
気が変になったのだろうか?

しかしその衝動は抵抗できないものだった。
バリーは出かけた。
そしてゆっくりと教会へ歩いていった。
どのように祈っていいか、彼は知らなかった。
 
昔学校で学んだ主の祈りと、妻が子供たちに教えていた天使祝詞を思い出した。
両方の祈りをし、5分間そこにとどまって、自分のトラックをきれいにすることを決めた。
司祭スヴェット神父が自分のロザリオを、彼に渡した。
 
バリーは部屋に帰ると、まだパトリシアが戻っていないので、一休みしようと考えた。
光が非常に明るかったので、彼は顔の上に覆いを引き寄せた。

しかしそのとき青味がかった光が、彼の眼をくらませ始めた。
彼はベットカバーが顔から落ちたのだろうと思い、それを引き上げた。
それでもなお青味がかった光は、部屋全体を満たしながら、ますます明るくなった。

バリーは、これはなんだか気味の悪いものだと考えた。
それから一層明るい光、純粋な白い光が青の中に現れ、彼の目の前で大きくなりながら、
彼にだんだん近づいてきた。
一体何が起こったのだろうか?

「白い光はくっきりしていた。」
バリーは語る。

「そこに聖母がおられた。それは神の御母、マリアだった。
 私は聖母を見ることができ、それが聖母であることがわかった。
 青い光は聖母から放射する光線に変わった。

 聖母はほんとに美しかった!
 私はまったくおびえなかった。
 聖母を見つめ魅惑された。

 聖母は手を挙げて振られた。
 聖母は何もおっしゃらなかった。
 そして去られた。

 私は部屋を見回そうと座った。
 バラの香りがあたり一面に香っていた。
 そして私は自分の体の中に、安らぎを感じた。」

『どうして?なぜ私に?未加工のダイヤモンド、田舎者の、無骨者の私に?
 その私がこれに値するようなことを何かしただろうか?』

パトリシアが帰宅すると私は彼女にすべてを話した。
彼女は有頂天だった。
そしてにわかに私がカトリックになることを望み、一緒にミサに行くように私を招いた。

イギリスに帰ってから私はミサに行き始め、祈りを、心からの祈りを体験した。
しばらくして、ボランティアの中心者からメジュゴリエの巡礼者を乗せるバスの運転手になることを薦められた。

バスの乗客とスロヴェニア近くの宿に泊まっていたときだ、
停電があったので懐中電灯を取りに二階に上がり、ホールに戻ってくると、
マリアへの賛美を歌いたくなった。

グループの全員が、私と一緒に歌い始め、即興で祈り始めた。
その祈りはホテルのみんなに引き継がれていった。

その瞬間に聖母が、メジュゴリエのときと同じように、周囲にブルーの後光を帯びて、再び私に御出現になった。
私はそのとき大きな恵みを受けていたにもかかわらず、
まだ何も聖母のため、あるいは神のためにしていなかったということを理解した。

私は聖母が、ご自分とイエスにもっと近づくよう促しているのを感じた。

それから数ヶ月間、メジュゴリエへの巡礼のバスを運転し続けた。
パトリシアも同様に助けていた。
私は私の乗客が、聖母を見るように祈っていた。
そして私の祈りはかない、四人の巡礼者がポトブルドで聖母を見た。

「1995年に私はパトリシアと共に、ウォルシンガム聖堂のある司教区で働き始めた。
私の夢は、全世界が祝せられた聖母を発見することです。」とバリーは語る。

 メジュゴリエの証言者たち シスター・エマヌエル ドン・ボスコ社より抜粋

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