マントラ「ヒマラヤ:6000mに登るぞ!!」 

 念じれば、通じる!!  


 小学校4年のときに、お腹が痛いといってズル休みをして夏まで休んだ。

 夏休みに精神科に行って、先生に言われた。
 「手のひらを見ながら、『温かい、温かい!!』と念じてごらん。」
 やっていたら、温かくなった。

 そうしたら先生が来て「そうだよ、強く思うと、そうなるんだよ!!」と教えてくれて、
 僕はとても恥ずかしくなった。


 ヨーロッパ・アルプスに登る  


 海外旅行もままならない1967年(20才)、ヨーロッパ・アルプスに登りたくて、どうすれば成功するかを考えぬいた。
 そのときに、小学校の体験が思い出された。そしてマントラ「ヨーロッパ・アルプスに登るぞ!!」を繰り返し唱えることにした。

 そのためにお金を貯め、岩登りのトレーニングをし、家族の了解を説き続けた5年間。

 1972年、モスクワ経由でヨーロッパに向かい夏の二ヶ月間をシャモニー、ツェルマットで山登り、
 そして中近東をバスで横切り、インドからネパールに入った。

 ネパールでエベレストBCを目指したが、4900㍍で高山病にかかりギブアップ。
 友人の病気で僻地医療に従事している「岩村昇先生」に出会う。


 それから22年、日本で職業人として生活したが、バブルの崩壊で再度ネパールに行く。
 するとネパールには、イエズス会の大木神父が岩村昇先生の後継者として赴任していた。

 インド・ネパール・チベットの宗教性に魅せられ、ネパールに通い続ける。
 37年前に登れなかった、エベレストBC5550mにも、友人と登ることが出来た。

 そこで目標を達成したら、すれ違った日本人が78歳だった。
 この出来事は神からのメッセージだと思った。

 そこで「77歳エベレスト護摩」を人生の目標に決めて皆様に告知した。

 あと11年もあると目標が曖昧になっていた。

 今年はチベット密教の聖地、秘境ラダックに行く予定だった。
 僻地専門の旅行会社でラダックの情報を聞きに行ったら、8月6日から12日間で6000m登頂の文字。

 ラダックのストック・カンリ6153m。
 4日間の高度順応で、最終アタック日は14時間の行程。
 最後は、アイゼン・ピッケルで登るようになる。

 ツアーが成立するように昔の山仲間に連絡し参加者を確保した。
 また自身も心が揺るがないように、マントラを唱え(念じ)始めた。

 「ヒマラヤ:6000mに登るぞ!!

 意思あるところに、道が開ける。


 登頂後、一週間現地に滞在し、秘境ラダックのゴンバの調査に行くことも出来る。
 ヘミスゴンバは「イエスの失われた17年」でイエスの足跡が記録されているという。

 アルチゴンバは、日本以外にある唯一の胎蔵界曼荼羅がある。
 リゾンゴンバは、藤原新也の「全東洋街道」に登場する。
 NHKチベット死者の書は、ラダックで撮影された。

 さて標高3000㍍の聖地ラダックのゴンバ(僧院)での冥想は、どのようなビジョンをわたしにもたらすのだろうか?

 マントラを念じ続けながら走った今日のトレーニングは、一瞬に思えました。

 目標の持つ力はとても大きいのです。