マグダラのマリア
ダ・ヴィンチの秘密


映画ダ・ヴィンチコードで明らかにされたように、「最後の晩餐」で
Mの文字型にイエスの横に描かれている女性は、マグダラのマリアなのだ。

福音書ヨハネが女性として描かれているだけでなく、この絵のユダは
ダ・ヴィンチ自身をモデルとしている。
       

トリノ聖骸布もダ・ヴィンチの贋作であり、磔刑に処せられたイエスの首に
斬首されたかのようなあとを残している。

彼はこれらの暗号(コード)を後世に残して、何を伝えようとしたのだろうか?

           

ルーブル美術館にあるダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」は、画面左側に聖母マリアとイエス。
右側に天使ウリエルと洗礼者ヨハネがいる。

マリアは鷲の爪のように左手を洗礼者ヨハネに向けている。
その空間を横切るように、ウリエルの指差す手が「不敬な印象」を与える。

同時期に描かれた英国ナショナルギャラリーの絵にはこのような特徴はない。
マリアの伸ばした指は、洗礼者ヨハネに王冠を置くようにも見え、
ウリエルの手は首を切られての死を暗示しているようにも見える。

この絵だけを見ていると、祝福を与える洗礼者ヨハネが
イエスよりも上位の存在に思えてしまうのだ。


ルーブル

英国ナショナルギャラリー
マグダラのマリアの国
プロヴァンス


四つの福音書で名前を挙げて語られている女性は、聖母マリア以外にはマグダラのマリアしかいない。

彼女は七つの悪霊を追い出してもらった女性である。
復活したイエスを最初に目撃した女性であり、グノーシス派の文書によると
彼女はイエスに継ぐ人物であり、磔刑によって意気消沈した弟子たちを奮い立たせ、
カリスマを失った彼らを導いた人物なのだ。

そのときに彼女に対して、女性蔑視の敵愾心を持って立ち向かった人が、
ローマ・カトリック教会の創始者ペテロであった。

ピリポ福音書にはこうある。

「キリストは他の弟子の誰よりも彼女を愛し、しばしば彼女に口づけをした。
 他の弟子はこれを見て感情を害した。
 弟子たちは『どうして私たちよりも彼女をそんなに愛するのですか』と尋ねると、
 救い主は『どうして私は、あなた方を彼女と同じように愛せないのだろう』と答えた。」

ドミニコ派の大司教・デ・ウォラギネは1250年「黄金伝説」の本の中で彼女を
「イルミナトリクス」−光を受ける被伝授者かつ・・光を与える伝授者―と書いている。

サント・マリー・ド・ラ・メール

イエスの子を宿していたマグダラのマリアは、磔刑の後すぐにマルタやラザロと共に海を渡り、
マルセイユの近くサント・マリー・ド・ラ・メールに上陸した。
一団はここで分かれて福音の伝道に出かけた。

マグダラはこの周辺をくまなく宣教し、異教徒の改宗に尽くし、
最後にサント・ボームの洞窟で隠者として過ごした。


ルーブルのマリア像

サント・ボームの洞窟

洞窟のマグダラのマリア像

彼女はこの期間、不思議なほど豊富な髪の毛以外には何も身につけず修行をしていた。
死後サン・マクシマン教会にその骸骨は奉られた。

今でもマグダラの聖日には、彼女の頭蓋骨は黄金の仮面を被せられて
サン・マクシマンの町々を練り歩く。

後世に残されている絵画や彫刻のマグダラのマリアの持物は、
骸骨か壷によって表現されている。

            
カタリ派の虐殺


カタリ派はカトリック教会をイエスの活動の思想から離れていると批判し、
教皇の権威を否定していた。
しかし彼らの暮らしは質素であった。
戸外か普通の家に集い、司教はいたが受洗した会員は司教と同等にみなされた。

女性の平等も保たれ、魚を食べる菜食主義者、平和主義者であり、霊魂の再生を信じていた。
二人一組で説教しながら暮らしは貧困さと簡素さの極みを目指し、
必要な人のところには留まってできる限りの癒しと援助を施していた。

1209年6月24日教皇イノケンティウス3世は、イスラム教ではなく
カタリ派を一掃するために十字軍を組織したのだった。

カタリ派の要塞があったアルビの町にちなみ、この十字軍はアルビ十字軍と呼ばれた。
南フランス・ラングドックに住むカタリ派とその信奉者の人々は教皇の命により、
十万人以上が虐殺された。

ぺジェの町の異端者は200人あまりだったが、15,000人から20,000人の町の人々が彼らをかくまい、
男女子供を問わず殺され、町は火の海になった。

町の住人と異端者を、どのように区別するのかと聞かれた教皇使節団は
「すべてを殺せ。神は自らの民を知りたもう」と答えた。

カタリ派の砦の一つミネルヴァでは、城壁がカタパルトによって攻撃を受け壊された。
城内の人々は城内に流れる水を遮断され、渇きの苦しみで城門を開き討ち死にした。

          現在のミネルヴァの町並み

ここにあるカタリ派の慰霊塔の、聖霊の印とされる浮き彫りの鳩は・・色即是空・・
形あるものに実体はない(肉体よりも魂)というカタリ派の教義の表現にもなっている。

              

ちなみにマグダラのコトバの意味は、鳩の土地、塔の土地、神殿の塔などを意味する。

カタリ派の最後の本拠地となったモン・セギュールでは、
カタリ派の人々は拷問死を禁欲的に受容しただけでなく、
炎がわが身を覆っても、完全に平静を保った人々がいたのである。
1970年代の、ヴェトナム仏教徒の、反戦抗議・焼身自殺のように。

カタリ派とマグダラのマリア


イエスとマグダラのマリアが愛人であるという考え方は
エジプトから発掘された紀元4世紀のナグ・ハマディ文書にも書かれているが、
南フランスでの同様の信仰も共通の源に由来するのだろうか?

カタリ派の世界観は十世紀バルカン半島で発生した異端ボゴミール派の支脈であるグノーシス思想である。
彼らにとって現世は本質的に悪であり、汚れた肉体に囚われている霊魂を解放する唯一の手段が、
完璧な霊魂と神の智にいたる個人的な黙示、グノーシスであった。

性行為は否定され、菜食主義が貫かれていた。
カタリ派の高位の伝承者には「マグダラのマリアがイエスの恋人」という事実が明かされていた。
カタリ派の人々は福音書のヨハネを尊敬し、洗礼者のヨハネを激しく嫌っていた。

            
               玉座の聖母子と洗礼者聖ヨハネと福音書記者聖ヨハネ
洗礼者ヨハネとイエス


イエスと同じ年の従兄弟であるヨハネは、従者としてのイエスに洗礼した。
しかし弟子として出発したイエスが、後にライバル関係のまま独自の集団を結成したように思われる。

キリスト教徒はヨハネがイエスをメシアと認めたと信じているが、
投獄されたヨハネは、イエスが本当にメシアであるかどうか尋ねさせている。

神殿の権威者たちはヨハネの洗礼が、神殿の儀式よりもすぐれているだけでなく「無料」だったので
ヨハネを亡き者にする必要があったのだ。

イエスの弟子が
「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたのと同様に、私たちにも祈りを教えてください」(ルカ福音書11:1)
と問う。

ヨハネが教えたものと同じ祈り・・・イエスは答える
「天にまします父よ、御名が崇められますように・・」

この祈りは古代エジプトのオシリス=アモンの祈り「アモンよ、天にましますアモンよ・・・」
に由来することが明らかになっている。

洗礼のヨハネ
キリスト教の秘儀


1994年の教皇の声明で「イエスは12月25日に生まれたのではなく、
古い異教の真冬の祭日からこの日付が選ばれた」と説明された。

オシリス(イシスの配偶者)は悪者の手にかかって「金曜日」に殺され、下界に三日間いたあと蘇った。

ギリシャ神・ディオニソスの秘儀は、彼の肉体と血液を象徴とする
パンとぶどう酒の魔術的な食事を食べることで祝われる。

これらの「死んでは蘇る神々」の話は、神学者、歴史家、聖書学者には知られているのに、
平信徒には意図的に遠ざけられていたようだ。

イエスとマグダラのマリア


イエスの食事の席に割り込んで高価な香油をイエスの頭と足に注ぎ、自分の髪の毛で拭ったとされる女は、
ベタニアのマリア(ラザロの妹)であり、マグダラのマリアと同一人物である。

キリストという言葉がギリシャ語の「クリストス」に由来し、
これがヘブライ語のメシアに翻訳された。
「クリストス」とは「塗油された者」という意味である。

マルコ福音書において
「この人は出来る限りのことをした。つまり前もって私の身体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。」
と言っている。

その後マグダラのマリアは、埋葬後のイエスの遺体に香油を塗るために墓に出かけ、
復活を目撃するのである。

ヨハネの洗礼においては、施すヨハネのほうに権威がある。
マグダラのマリアが香油を塗るという行為も、古代の儀式「ヒエロ・ガモス=神聖婚姻」
では王=祭司と女王=女祭司とが性的な結合をすることで認知される行為である。

現代の人々がヒエロ・ガモスの概念を理解するのは難しい。
当時の女祭司の肉体は神へと至る入り口であった。
神殿聖娼は精神的な覚醒(ホラシス)を男性にもたらす唯一の行為であると信じられていた。

マグダラのマリアは女祭司であり、イエスに「塗油」すると言うことは、挿入という性行為の象徴であり、
彼女の権威によりイエスは精神的な覚醒(ホラシス)が得られたのだ。

カトリック教会でタブーとされた神聖なる性は、古代東洋の道教やインドのタントラ体系、
チベット密教の儀式にもはっきりと残されている。

隠された歴史


2007年3月、隠されたキリスト教の歴史を尋ねて、南フランス・プロヴァンス地方を旅してきました。
この旅に先立ってダ・ヴィンチコード関連の本を読みあさり、
認識が世界を作っている事実を再度体験しました。

キリスト教とは何だったのか?
男性性優位の世界を作り、女性性を抑圧し、二元論的に反対者を徹底的に排除してきた歴史を
目の当たりにしました。

占星術では、うお座の時代からみずがめ座の時代となり、
情報が一方通行の時代から、情報が共有される時代になり始めています。

背中に刺さっている情報プラグを抜いて、自分で考えることをはじめてみましょう。
世界は考えているほど酷いものではありませんよ。

「FREE YOUR MIND!! 」

心を解き放ちましょう!!

心にかかっている檻はコトバで出来ています。
本当のあなたは自由の身なのですから!!

         
             
参考文献
マグダラとヨハネのミステリー
マグダラのマリアと聖杯
レンヌ=ル=シャトーの謎
タリズマン
ユダの福音書
ダ・ヴィンチコード