| 【私(色)は「なみがしら」・色即是空-----宗次郎】 |
イメージとしては、電子などというものは、大海(空=全体性)の「なみがしら」色=形あるもの
程度のものではないでしょうかね。
比較的安定して長い時間「なみがしら」の形を保っている程度のものなのでは?
| 【自分のことを、こんなに冷静に、簡単に思えるでしょうか?-----宗次郎】 |
湘南海岸の波はすぐ消えてしまいますが、
カリフォルニアのポイント岬に現れるビッグウェンズディが
その形状を比較的長い時間保っているのと同じように。
「なみがしら」の体積を計算せよと言われても、どこからが「なみがしら」で
どこからが「海」なのか分けることは出来ませんね。
あえて言えば、「なみがしら」を含めた「海」から
「なみがしら」をのぞいた「海」を引いたものが「なみがしら」です。
「なみがしら」を含めた「海」も無限大。
「なみがしら」をのぞいた「海」も無限大。
無限大から無限大を引いてみると、「なみがしら」という「物」が一応表現できるわけですね。
そして、その「なみがしら」に、ご丁寧に「電子」だの「光子」だの「クオーク」だのと
「名前」あるいは「ラベル」をつけているだけなのでは。
こう考えると、この世は、ほとんど、場と言う大海のうねりで、
そこから現れては消え現れては消えしている波が存在しているだけのような気がします。
究極的には。
そして、それらの波は大海の隅から隅で相互に影響を及ぼしあっており、
その相互に及ぼしあっている影響が、たまたまうまい具合に波を強めあう方向に働くと、
そこに比較的安定的な波が作り出され、
私たちはそれに「物」あるいは「物質」という名前をつけているだけなのではないでしょうか。
| 【物質(色)は波動(空)の一時的顕現-----宗次郎】 |
そして、「電子」と名づけられた波、「クオーク」と名づけられた波達が重なり合って、
更に比較的長い時間その形状を保つ波を形作りそれにつけられた名前が「原子」、
「原子」と名づけられた波達が更に重なり合って、更に安定的な・・・・・・という具合になって、
冒頭の経路を逆にたどって、「分子」「神経」「脳」と言う具合になっているのではないでしょうか。
究極的には、大海の、波の相互の影響の結果、ただ出来事が存在しているだけ。
「脳などというものも、場と言う波の変動と相互作用の結果、
たまたま脳というものが出来ちゃった」、くらいに考えた方がいいのでは。
量子論の経路積分を考えていると、ほんとこんな気がしてきます。
ただし、この波は、大海の波のように穏やかな波ではありません。
ワインオープナーのあの螺旋の部分がものすごい勢いで高速回転しているイメージですからね。
ですので、いま触っているキーボードなどには、ある意味物質的な質感があるのではないでしょうか。
高速回転のワインオープナーに私たちの手はある意味はじき飛ばされているわけですからね。
こういった意味で、私は唯波動論者なのです。
まず波動関数ありき。。。
そして、唯波動と唯識が似てるため、唯識に興味を持っています。
例えば、この「大海の波の相互作用」は、華厳経で言う「重々無尽」であります。
場の量子論では「繰り込み」という手法を用いると、現象がうまく説明できます。
ウィキペディアから「繰り込み」という言葉を調べてみますと、次のように書いてあります。
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電子の質量(自己エネルギー)や電荷を測定した場合、
真の電子の質量や電荷とこの真空分極による質量や電荷への寄与の和が得られる。
真空分極による質量や電荷への寄与を量子電磁力学により計算すると、
これは無限大に発散してしまう。
そこで真の電子の質量や電荷をそれと逆の符号の無限大とおいて、
測定値と理論値が一致するようにする。これを繰り込みという。
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