香取・鹿島神宮の秘密

利根川を中心に左右に鹿島神宮(茨城県)と香取神宮(千葉県)がある。

鹿島神宮は「常陸(ひたち)の国」茨城県にある日本最古の神社の一つである。
常陸とは・・常世(とこよ)の国の意味で不老不死の聖地を示し、
伝承では最も天に近い場所である。
常陸を・・日立と呼ばせるのは・・太陽の昇る本州の東の位置にあるからである。

古事記の伝承によると、タケ・ミカ・ズチ(武甕槌)の神が
天の鳥船(あまのとりふね)の神(宇宙船?UFO?)と共に地上に降り立ち・・・
この土地で・・・地上の支配者であるタケ・ミナカタ(武御方)の神と
相撲を取ったという。

「天つ神」が高天原から降臨し、それまでの支配者である「国つ神」と戦い、
負けた「国つ神」は諏訪神社に閉じ込められてしまった
・・という物語である。


5月11日、「まんだらや」ツアーの一行がバスを降りると・・・・・・
都心で降っていた雨も上がり、ひと気のない香取神宮は・・・森の静寂の中にあった。

手水を使い鳥居をくぐると・・左側の御神木から暖かい氣が流れている。
何気なく寄って・・・皆で取り囲む。
御神木の裏に廻ると・・中央が割れて・・女性器の象徴になっている。

先日訪れた、河口湖の「富士・浅間神社」も同じ象徴の御神木があった。
聖地には同じような象徴性が隠されている。

拝礼のあと、皆で大祓いを唱和した。
武蔵御嶽神社で禊をした仲間だから熟れたものだ。

拝礼のあと右側の御神木を観察する。
真っ直ぐ立ち上がる剣の象徴は・・・男性性を暗示している。

楼門をくぐり、帰ろうと振り返ると・・・下がっている布のところに描かれている紋が気になった。
ここの紋は十六菊花紋と桐の紋だった。

神社の横の要石(かなめいし)を見に行くと、小さなお稲荷さんの祠の前に
盛り上がった丸い小さな石が石の柵に囲まれて置いてあった。
掘ると地面の奥にまで続いているのだという。フ〜ン??

   

お腹もすいたので境内の外にある、蓮の会のMさんお勧めの蕎麦屋にはいり、
名物のそばを注文する。
なぜか隣の席には歌手の谷村新司さんが・・・新曲の祈願に来たのだろうか?
そういえば名曲「昴(すばる)」はプレアデス星団にあるのだ?!!


ここからタクシーで駅に向かい、すぐに鹿島神宮に着く。

参道を5分も歩くと神社の境内だ。
気になっていたので神殿の紋を直ぐに見る。
ここは「三つ巴」だ・・・!!

待ってくれ・・「三つ巴と桐」は・・・いま私のつけている・・輪袈裟のマーク・・・
高野山真言宗の紋なのだ?・・・なぜ?

なぜか北向き・・・の御神殿で大祓い祝詞を奏上し、奥の院と要石に向かう。
奥の院を過ぎると、森の中になまずの上に大男が乗っているレリーフが置いてある。

   


ここの要石(かなめいし)は凹みのある石だ。
女性性の象徴なのだ。

   

女性性と男性性、立ち上がっているものと丸く凹んでいるものの象徴。
チベットの聖山・カイラスでも真南にある山・ナムナニが凹んでいた。

奥の院に戻ると、奥の院の真裏にある御神木に触っている女性が一人。
氣をいただいているのだ。
私たちも静かに仲間になる。

御神木を囲んでの静かな冥想の一時。
静寂の聖なるエネルギーが都会で汚れたオーラをクリーニングしてくれる。

   

そのあとで、御手洗い池に向かう。

二軒のお茶屋さんの奥にこんこんと湧き出た清水が、鯉の泳ぐ池に注いでいる。
池のフチに腰を掛け・・足を冷たい水につける。
足の裏から邪気がどんどん抜けていく。


天に最も近い場所=高天原?

鹿島神宮の冬至の日没の方向には「富士山」がそびえ、
夏至の日没には「筑波山」がそびえている。
そして秋分、春分の日没には「諏訪大社」が建っている・・・
このような位置になるのはなぜだろう?

中国では北極星を太一(たい・いつ)と呼び、
古事記では天御中主神(あめのみなかぬし)になるのだ。

その天御中主神が、武甕槌の神に導かれて降りてきた場所が、ここ鹿島神宮なのだ。

窪みのある要石は、あの「水戸光圀」が7日7晩掘り続けさせても、
岩の全体が現れてこなかったという。
ここが最初に天の神が降り立った土地、地球の中心なのだ。

鹿島神宮は、大和朝廷に仕えた中臣鎌足・・後の藤原鎌足の出身地でもある。
中臣家は代々が神職の出身なのだ。鎌足神社が境内の一角に納められている。

多くの秘密を抱えて、いまも神社や仏閣は各地に鎮座しています。

悠久の歴史を尋ねて・・・氣の神秘を尋ねて・・・
「まんだらや・密教研究所」は神社・仏閣の旅を続けていきます。