ここからタクシーで駅に向かい、すぐに鹿島神宮に着く。
参道を5分も歩くと神社の境内だ。
気になっていたので神殿の紋を直ぐに見る。
ここは「三つ巴」だ・・・!!
待ってくれ・・「三つ巴と桐」は・・・いま私のつけている・・輪袈裟のマーク・・・
高野山真言宗の紋なのだ?・・・なぜ?
なぜか北向き・・・の御神殿で大祓い祝詞を奏上し、奥の院と要石に向かう。
奥の院を過ぎると、森の中になまずの上に大男が乗っているレリーフが置いてある。

ここの要石(かなめいし)は凹みのある石だ。
女性性の象徴なのだ。

女性性と男性性、立ち上がっているものと丸く凹んでいるものの象徴。
チベットの聖山・カイラスでも真南にある山・ナムナニが凹んでいた。
奥の院に戻ると、奥の院の真裏にある御神木に触っている女性が一人。
氣をいただいているのだ。
私たちも静かに仲間になる。
御神木を囲んでの静かな冥想の一時。
静寂の聖なるエネルギーが都会で汚れたオーラをクリーニングしてくれる。

そのあとで、御手洗い池に向かう。
二軒のお茶屋さんの奥にこんこんと湧き出た清水が、鯉の泳ぐ池に注いでいる。
池のフチに腰を掛け・・足を冷たい水につける。
足の裏から邪気がどんどん抜けていく。
鹿島神宮の冬至の日没の方向には「富士山」がそびえ、
夏至の日没には「筑波山」がそびえている。
そして秋分、春分の日没には「諏訪大社」が建っている・・・
このような位置になるのはなぜだろう?
中国では北極星を太一(たい・いつ)と呼び、
古事記では天御中主神(あめのみなかぬし)になるのだ。
その天御中主神が、武甕槌の神に導かれて降りてきた場所が、ここ鹿島神宮なのだ。
窪みのある要石は、あの「水戸光圀」が7日7晩掘り続けさせても、
岩の全体が現れてこなかったという。
ここが最初に天の神が降り立った土地、地球の中心なのだ。
鹿島神宮は、大和朝廷に仕えた中臣鎌足・・後の藤原鎌足の出身地でもある。
中臣家は代々が神職の出身なのだ。鎌足神社が境内の一角に納められている。
多くの秘密を抱えて、いまも神社や仏閣は各地に鎮座しています。
悠久の歴史を尋ねて・・・氣の神秘を尋ねて・・・
「まんだらや・密教研究所」は神社・仏閣の旅を続けていきます。
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