佐藤賢一:「オクシタニア」集英社文庫(上下)を読んで
| ジラルダ |
トゥールーズ名家・自治支配メンバーの娘。
カタリ派の帰依者であることを隠してエドモンと結婚。
その後、離婚し帰依者になりモンセギュールの山に篭もる。 |
| エドモン |
トゥールーズ名家・自治支配メンバーの息子。
アルビジョア十字軍のときは防衛部隊のリーダーの一人として活躍。
その後、妻のジラルダにカタリ派の教えを諭されるが、受け入れられず離婚。
その後ドミニコ派に参加、説教師・異端審問官としてトゥールーズに戻る。 |
| レイモン七世 |
トゥールーズの伯爵。
支配者として権力争いを無難にこなしてきたレイモン七世だったが、
老年にいたり前世のヴィジョンを夢に観る。
夢の中では何度も帰依者そして完徳者となったジラルダの前世が明らかになり、
ジラルダに対する熱い思いや、エドモンとの関わりが前世に由来することを発見する。
魂の生まれ変わりを実感するのだ。 |
13世紀のヨーロッパ、フランスは皇帝支配のパリを中心とする北部フランスと、
自治都市トゥールーズを中心とする南部フランスに分かれていた。
西にはアラゴン王国(今のスペイン)が、南部を異教徒イスラムの支配に置かれながら存在していた。
1208年、教皇イノケンティウス3世の命を受けたフランス皇帝軍は、
異端アルビジョア派討伐の名目でトゥールーズ・アラゴン連合軍との戦闘が開始された。
異端アルビジョア派とは、フランス南部アルビを中心としたカタリ派の呼称である。
1229年トゥールーズ伯レイモン七世との間にパリ和約が結ばれたが、
1244年カタリ派最後の拠点モンセギュールの陥落まで争いは続いた。

この頃のトゥールーズには正統と異端が同居していた。
正統と異端の境はあいまいで、めでたい祭事はカトリック教会の立派な聖堂で、
さりとて正統派聖職者の言動(権力ゆえの豊かさで)を見るにつけ、
どうしても魂の救済は望めそうもない。
だから臨終だけはカタリ派の完徳者に看てほしい。
この程度がトゥールーズ市民の受け止め方だった。
「良きキリスト者」と名乗り、カトリック教会からは「異端アルビジョア派」とか
「新マニ教徒」とか呼ばれている教団。
平の信徒は「帰依者(クレディス)」と呼ばれ、洗礼に類する特別な儀式を経るわけではなく、
あくまでも個々の気持ちが大切だとされていた。
正統教会のように税金も集めないので、教団に喜捨したい者が、したいだけすればよかった。
正統教会に通いながら、同時にカタリ派の帰依者にもなれる。
「完徳者(ペルフェクティ)」という出家者は、いつも粗末な黒衣をまとい、
生業を持ちながら、市井でつつましい生活を営んでいる。
あらゆる性交渉を断ち、もちろん結婚などもしない。
ありとあらゆる殺生が禁じられているので、肉も卵も口にすることが出来ない。
野菜と魚のみ、それもわずかな量を食べているので、痩せるのは当然である。
厳しい戒律と苦行の生活をしているだけでなく、精力的に説教を行い、
帰依者の救済のためならば、献身的な活動を惜しまない。
ゆえに、完徳者は尊敬された。
その孤高の姿は「聖職者」という言葉が、本来的に有する厳かな香気を表現するものだった。
二神論。
この世を造ったのは程度の低い神。
意図した死を迎えたときには、高次の神の世界に行けるという現世否定と禁欲の思想。
ゾロアスター教、マニ教、グノーシス主義、ボゴミール派と影響があると言われている。
霊と肉の二元論。聖なる場所は肉体を離れた後に訪れる世界。
この世こそ闇の世界であると信じていた。
カタリ派の世界観は小乗仏教の思想に近い。
仏教ではこの世は程度の低い神、閻魔大王が作った世界という。
そこは六道(地獄・餓鬼・畜生・人間・阿修羅・天)の世界。
心がこの世界に執着すると、苦しみが生じる。
サンスクリット語でこの世をサンサーラ(穢土)、あの世をニルバーナ(浄土)という。
浄土に行くことを目指すと、この世に執着しなくなる。
仏教の目指す解脱とは、生まれ変わり続ける輪廻の輪から抜けること。
小乗仏教では性を否定するので独身主義だが、大乗仏教は否定しないので僧侶も結婚を許されている。
<オクシタニア上巻P265>
エドモンは帰依者であることを隠して結婚した妻・ジラルダに質問する。
エドモン「だったら悪しき世界ってどこや?地獄の闇って何のことや?」
ジラルダ「せやから、ここや」
エドモン「ここ、やて?」
ジラルダ「この地上の世界のことや。今あんたが暮らし取る世界、
血肉を持って人間が暮らしとる世界のことや。
それを《カタリ派=良きキリスト者》の教団では《闇の世界》と呼んでるんや」
エドモン「これでも地獄より・・・ましやろ?」
ジラルダ「だから〜、この地上が地獄に他ならないんや。」
エドモン「そら冗談にも、ほどがある。まだ、俺たちは生きているんやで。
天国も地獄も死んでから行くもんや。」
ジラルダ「エドモン、それが違うねん。地獄に落ちるいう意味は、死んでも天国に入れなかった魂が、
また地上に戻るいうことなんや。」
エドモン「そんならこの世は幽霊だらけか?」
ジラルダ「幽霊やなく、ちゃんと人間になって戻るんや」
エドモン「天国に入れないと、キリスト教徒は生き返るんか?」
ジラルダ「肉体は生き返らん。魂だけが生まれ変わるんや。」
エドモン「どういうことや」
ジラルダ「魂は不滅やもの」
エドモン「もうチンプンカンプンや?」
ジラルダ「なあエドモン、肉体なんてつまらないと思わへん?」
カタリ派の教義に妄信するがあまり、死を選びとる帰依者に対し、
ドミニコ・デ・グスマンは1207年、異端を抜けた婦女子を保護するために、寒村プルイユに仮小屋を設けた。
これが僧院に転じたことが始まりで、活動に共鳴する人が組織を立ち上げた。
1215年、ラテラノ公会議に申請、1216年正式な認可を受ける。
聖アウグスティヌスの戒律を採用する。

天上の善神と地上の悪神の二神論を取ると、この世が地獄になる。
清貧に生きることと、死ぬことは違う。
我々は混沌として非道に満ちた、この地上に生きなければならない。
なんとなれば、世のすべては唯一なる全能の神、我等が創造主がつくりたもうたものだから。
そうした神の偉大を認めるならば、キリスト教徒の務めは死ぬことではない。一神教。
注:小乗仏教は現世否定をすることで、生に執着せずに死を受け入れられる思想(物語)を作りました。
しかしこの考えを突き詰めると、死(浄土に行く)が素晴らしいものになってしまいます。
この思想をもう一回否定することで、否定の否定(ヴェーダンタ哲学)の道を
大乗仏教や密教は作り上げました。
<オクシタニア下巻P277>
レイモン七世は、本来なら異性には行わない救慰礼の儀式を、完徳者ジラルダに無理に依頼した。
レイモン七世の額に手のひらを置いたジラルダは、作法通り文言を唱え始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「汝は神と福音に身を捧げますか?」
「肉も卵もチーズも食べないと誓えますか?」
「ウソをつかないことを約束できますか?」
「無責任な誓いを立てないということも約束できますか?」
「汝は一切の肉の交渉(性行為)を断つと約束できますか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
このすべての質問に、「イエス・・・応(オック)・・・よく保つ」と答えれば
完徳者としての仲間入りをしたことになる。
突然レイモンが尋ねる。
レイモン「あなたは自己満足のために、すべての行為を行っているのです。」
ジラルダ「どういう意味です」
レイモン「救慰礼です。平信徒の安易な救済願望をかなえてやって、
これなんか自己満足の最たるもんと違いますか?」
レイモンは自ら望んだばかりの救慰礼につばを吐いた。
レイモン「ええ、どうせ地上は悪魔の世界なんやからと説かれれば、
享楽気質の南部人は自堕落に振舞いますわ。
妻を捨て、子供を捨て、家族を慈しむことなく、ひたすら思うがままに生きても、
死ぬ前に救慰礼さえ授けられれば、それで救われるというんですから。」
ジラルダ「救慰礼の運用については、われわれ出家者とて本意と思うわけではありません。」
レイモン「凡俗のやからはそれだから困ると。けど、それやったら、完徳者の皆さんは、
どれほどたいしたものと言わはるんです?」
「苦行に耐える、いいますが、そんなん南部人の狂疾気質におうただけの話しでしょ。
あげくに肉親を捨て、友を忘れ、大切な人間を不幸にしてしまうんやから、
自堕落な人間と比べて、どれほどえらいとも僕には思えまへんけどな。
聖に走るんでも、俗に走るんでも、カタリ派の実際には詰まるところ、
自己満足しかあらへんのです。」
レイモン「悪の世界やからと、神様がまったく無関心でおるわけがない。」
ジラルダ「なにをなさるというのです。」
レイモン「因縁を操作しはります。」
「前世で縁(ゆかり)を結んだ人と人を、この現世で再び合わせはるんです。
巡り合わせをもてあそび、運命の糸をもつれさせたまま、それを来世に持ち越させはるんです。
それをきれいに解いたとき、ようよう魂は天国に昇ることが出来るんです。
それを真の救済と呼ぶのと違いますか。」
ジラルダ「救済の解釈は間違いというわけではありません。
神が因縁を操作するなんていう作り話を、殿下は誰からお聞きになったんですか?」
レイモン「自分で見ました。なぜだか、そんな夢ばかり見てしまうのです。
現世で関わりあっている人間は、前世でも関わりおうているということです。
とすると、そのように、神様が仕向けてるとしか考えられませんでしょ。」
正統派キリスト教は日々の生活でのつつましさを求める。
異端カタリ派は、死に臨んでから救慰礼を受ければすべての罪は許されるという。
そのために享楽的な人生を謳歌しがちだとレイモンはいうのだ。

1244年3月2日、異端カタリ派が立てこもっていたモンセギュールは降伏勧告を受け入れた。
降伏の条件は「信仰上の過失の告白」か「火刑」のどちらかであった。
火刑の希望者は210人に及んだ。
異端審問官のエドモンは、降伏勧告状を渡した後に元の妻・完徳者ジラルダに密かに会う。
ジラルダは、今晩隠した金袋を持って城を抜けるという。
ジラルダ「エドモン、あんた(今までの人生)後悔しとる?」
エドモン「しとらん」
ジラルダ「そう・・・、よかった」
ジラルダは自分の髪の毛を擦りつけながら、やっぱりこの人に任せられる。と考えていた。
エドモン「お前のような女が、忘れられるかい。」
ジラルダ「そないな話とちがうねん。生まれ変わりのことやねん。」
「来世で別人に生まれ変わっても、あんた、うちのこと探してくれるか?」
エドモン「ああ、探したる。」
ジラルダ「そないに簡単に答えんと・・・、これは約束なんやから、もっと真剣に考えて」
「オッパイ大きな女に生まれ変わるから。あんたの子供も山ほど産んであげるから。
だからエドモン、うちのこと探してくれる。」
訴えられてもエドモンの答えは変わらなかった。
エドモン「ああ、探したる。来世いうもんが・・・あるんやったら、おまえを必ず探したる。」
エドモンが去る足音を聞きながら、ジラルダは確信した。
これですべてを果たした。来世の約束を交わすこと。それが現世の使命だった。
なんとなれば、そこに人生の意味が集約しているからだ。
神が明かそうとした摂理が凝縮されているからだ。
ジラルダ「それが出来た証(あかし)に、うちは来世でエドモンに探してもらうんや。」
翌朝、信仰を捨てずに火刑台に向かって歩く人々の中、異端審問官エドモンの前の妻、
ジラルダも含まれていた。
予定通り完徳者210人は恐れも見せずに火の中に歩みを進めた。
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