借りぐらしのアリエッティ

東京郊外のある大きなお屋敷に、14歳の少女の小人「アリエッティ」と両親が.ひそかに住んでいた。

行き届かない大きな庭を、お手伝いのおばあちゃんが管理している。
そこに12歳の少年・翔が心臓の病気療養のために訪れる。

翔は来る早々、アリエッテイの姿を見てしまった。

アリエッティは常々両親から人間に姿を見られたら、引越さなければならないと言われていた。

家に住む小人たちは、人間の食べ物を借りて(盗んで)生活を営んでいた。

借りぐらし・・・これはネイティブアメリカンと同じ思想だ。

彼らは土地に作物を植えない。それは母親(大地)を傷つける行為だから。
森から得られる恵みだけを狩して得ている。

たとえば所有は「個人」という概念をつくる。
本当に土地は、誰かの所有に帰してもいいのだろうか?

多くの獣たちは、自分の生存に必要な分しか獲物を食べない。
ところが人間は、そこに貨幣を導入して、所有と蓄積の証拠とし、貪欲さをむき出しにする。

大量生産・大量消費は、未来の子供たちの消費の可能性を奪うことなのに?!

地球環境の「借りぐらし」をしないと人類の未来は危ういのではないだろうか?

梵我一如:宇宙と私は一つ

中世には、人の身体の中に小人が住んでいて身体を動かしていると考えていた。
今では、この小人の名前を「細胞」と呼んでいる。

でもこの細胞は、人間と繋がっていて、人間の食べた栄養や水分を「借りて」暮らしている。
だから人間が受け入れるストレスまで「借りて」しまって、ガン細胞に変容してしまうこともある。

小人は独立して住んでいるのではなく、人間と繋がって暮らしているんだ。

このことを仏教では、孤立してる(色)ことなどなく、すべては繋がっている(空)と言っているよ。

小さな世界は、大きな世界と繋がっているんだ。(梵我一如)

細胞は人と、人は地球環境と。そして地球環境は宇宙と、宇宙は神様と。
その神様が細胞と繋がっていて、人の中に入っているんだ。

誰が・・君の心臓を動かしているの?

それが〜少女のアリエッティかもしれない・・・さあ、身体の中の小人たちを探して、会話してみようよ?

身体を動かしてくれていることに、「ありがとう」と感謝の言葉をかけてみようよ!!