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「あなたはここにある白い紙の中に、ポッカリ浮かぶ白い雲が見えますか?」
ベトナムの僧侶、ティクナット・ハンさんの「般若心経〈ハート・スートラ〉」は、こんな書き出しで始まります。
「見えません。」とあなたは答えるでしょう。
ミルという言葉には、二つの漢字があります。
見る〈肉眼で〉と観る〈心眼で〉です。
白い紙の上に白い雲が、肉眼で見えたらすぐに眼科か精神科に駆け込んでください(笑!!)。
「観る」は観察するということです。
質問を変えると「白い雲なしに、この一枚の白い紙は存在することが出来ますか?」ということです。
あなたは「分かりません。」と答えます。
ではお答えしましょう。一枚の白い紙は、紙になる前は木、樹木として存在していました。
樹木には水が欠かせません。その水はどこから来ましたか?
そう、ポッカリ浮かぶ白い雲なしには、一枚の白い紙は存在しないのです。
でも実は、木を切る木こりのエネルギーなしには、運んでくるトラック運転手のエネルギーなしでは、
太陽のエネルギーなしでは、一枚の紙はここに存在できないのです。
すべての物質は関わり合って、いまここに存在しています。
単独で勝手に存在しているものなどないのです。
それを「すべてはひとつ」と言うのです。
一枚の紙の中にさえも、さまざまなエネルギーが存在しているのです。
その存在の状態を仏教用語で一如〈一つのようなもの〉といいます。
この観察が出来る人のことを「観自在菩薩〈自由に観察できる人〉」と呼びます。
一如の世界とは真如〈本当の〉の世界なのです。
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