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空海の言葉 |
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空海百話 佐伯泉澄先生(東方出版)より |
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空海の言葉は現代の価値観から遠くはなれた言葉です。
たとえば当時の仏教の常識では生死がないと考えます。
また真言(マントラ)を唱えることで出来事は変化すると考えています。
言霊信仰ともいえるこの考えは言葉がエネルギーであり、物質も波動であるとの考えに基づいています。
しかし現代の量子力学も粒子性(物質)と波動性(非物質)の壁にぶつかっています。
粒子性(物質)の基本となる原子は、原子核と電子で出来ています。
フットボール大の原子核を東京駅に置くと、パチンコ玉の電子は小田原駅の位置になるそうです。
その間に何もないのが物質なのだそうです?
空海はこの空間を虚空蔵(こくうぞう)と言います。
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| 言葉 |
無辺の生死(しょうじ)いかんが良く断つ。
ただ禅那(ぜんな)と正思惟(しょうしゆい)のみあってす。
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| 訳 |
何度も生まれ変わる苦しみは、
瞑想と刷り込みのない思考によってしか得られない。
〜〜果てしない苦悩の根を絶つためには、
生死があるという社会の価値観にとらわれず考える事と
深い瞑想に入り本来の自分(真如)を発見することしかない。
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| 言葉 |
四大のそむけるには薬を服して除き、鬼業(きごう)のたたりには呪悔(じゅかい)を持ってよく消す。
薬力は業鬼(ごうき)をもって退くことあたわず。呪功(じゅく)は通じて一切の病を治(じ)す。
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| 訳 |
肉体的な不調は薬で治るが、カルマの祟りは真言の読呪によって消すことが出来る。
カルマの苦しみは薬では治らないが、真言読呪と気功は共に一切の病を治すことが出来る。
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| 言葉 |
もろもろの顕教の中には、四大等をもって非情とす。
密教には即ちこれを説いて、如来の三昧耶身とす。
四大等、心大を離れず。
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| 訳 |
真実が言葉で表せることが出来るという教えは、物質(四大)には心(意識)が入っていないと考えますが
密教では物質は大日如来の現れであり、意識も含まれていると考えています。
だから祈祷により身体についた、業や邪気を払えると考えています。
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| 言葉 |
心暗きときは即ち遭うところ、ことごとく過なり。
眼(まなこ)明らかなる時は、即ち道に触れてみな宝なり。
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| 訳 |
生死を気にしていると、すべての出来事は災いのように思えます。
生死を気にしなくなると、すべての出来事が自分を導く宝となっていることに気づくのです。
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| 言葉 |
煩悩有って、よく解脱のためにもって因縁となる。
実体を観ずるがゆえに。
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| 訳 |
社会的な価値観にとらわれることを煩悩といいます。だから失敗すると苦しむのです。
しかし苦しむことなしには宗教的価値観を発見するはできないのです。菩提とは悟りのことです。
煩悩即菩提とは煩悩による苦しみなくしては、悟りが得られないと言う考え方で、
すべては清浄という理趣経の考え方に発展していきます。
宗教的価値観とは生死がない(不生不滅)ということです。
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| 言葉 |
凡夫は善悪に盲いて、因果あることを信ぜず。
ただし眼前(がんぜん)の利を見る。何ぞ地獄の火を知らん。
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| 訳 |
平凡な人は社会の価値観である善悪を盲信します。金が有ることが幸せ、無いと不幸。
そこに至る因果論を知らないで、今しか信じないのです。
今生の死の間際に迎える転生の苦しみで地獄に行くことを知らないのです。
心理学者ユングはこの体験(死の体験)を意識(社会的価値観)と無意識(宗教的価値観)の対決(過去の清算)
と言っています。
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| 言葉 |
三世の観をなすといえども、また常に自性を見るに及ばず。
常に自性を見るものは、即ち常に仏を見る。
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| 訳 |
現在の自分の行動を観察することのほうが、過去生や未来の生を考えることより大切です。
いつでも自分の本質である清浄心(しょうじょうしん)を観察することの出来る人は
常に自分の心に内在する仏の心を見ることが出来るのです。
過去世にこだわることなく、今を生きるのです。今の生き方を見れば来世が想像つくのです。
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| 言葉 |
加持といっぱ如来の大悲(だいひ)と衆生の信心とを表す。
仏日(ふつにち)の影、衆生の心水(しんすい)に現ずるを加といい、
行者の心水、良く仏日を感ずるを持と名づく。
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| 訳 |
加持と言うのは如来が人々を救いたいと言う心と、私たちの信心がどのような係わり合いを持っているかを述べたものです。
如来の霊光が心に届くことを加といい、その光を内に保ち生きていくことを持というのです。
この言葉が真言宗の加持祈祷の原理となっています。
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| 言葉 |
真言は不思議なり。
観呪(かんじゅ)すれば無明を除く。
一字に千里を含み、即身に法如(ほうにょ)を証ずる。
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| 訳 |
マントラは不思議です。
唱えることにより、この身このまま法の究極を悟って、即身成仏することが出来るのです。
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| 言葉 |
陀羅尼(だらに)の秘法というは、方によって薬を合わせ、服食(ふくじき)して病を除くが如し。
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| 訳 |
陀羅尼を唱えると言うことは処方箋にしたがって、病気に効く薬を調合すようなものです。
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| 言葉 |
よく呪じ、よく言うことオウムもよくなす。
言って行ぜずんば、なんぞ猩々(しょうじょう)に異ならん。
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| 訳 |
オウムでさえ「オハヨウ」とか「コンニチワ」とか言う。
ところが多くの人は口で話しても行動に移さないので猿と変わらない。
養老孟司の「バカの壁」の表紙には「話せばわかるは大うそ!!」と書いてあります。
脳化社会になって身体性を無くしたと言っています。
密教は論理でなく体験を重視するのです。
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| 言葉 |
ただ大日如来のみ居まして、無我の中において大我、得たまえり。
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| 訳 |
自分(アートマン)とは何かを求め、不二の論理を追求していく内に、
他力により生かされていることに気づきます。
すると自分も宇宙と一体の大きな私(ブラフマン)であり、
すべては大日如来の現われであると気づくのです。
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