チベット・カイラスに天空の城を見た・3
ドルマ・ラ峠5630mに到着


翌日も暗いうちに起き、朝食もそこそこに出発です。

「ゆっくりと歩いて、決して座らない。立って休め。座ると起きあがれなくなるから。」

これがシェルパのペンバのアドバイスです。
忠告に従いゆっくり歩き始めました。

2時間ほど歩くと後から来たヤクと馬に抜かれます。
馬を雇ったTさんとAさんは馬で行けるのです。
私の足は皆の列から遅れ始め、気付くと最後尾を歩いています。

自分では精一杯歩いているつもりですが、足が進まないのです。
その内に吐き気がしてきて、高山病の初期であることに気付きました。
急坂を峠に向けてジグザグに向うと、上部は雪が凍結して残っています。

倒れるように岩に腰を降ろして休んでいると、
峠まで行ったガイドが戻ってきて荷物を持ってくれました。
彼の助けを借り、なんとかドルマ・ラ峠5630mにたどり着きました。

ドルマ・ラ峠はカイラスに住む神々との交流の場です。
祈願がかなう場所ということで、私達はタルチョ(五色旗)に、日本の友人達から
「世界平和祈願」の署名を書いてもらい多数持ってきました。

ところが、座りこんだ私には自分でオボに縛る力は残っていません。
シェルパのペンバを呼んで彼に頼みました。

     


記念の写真もそこそこに、私は急坂の下りを駆けるように下ってしまいました。

高山病は低いところに行けば症状は良くなるのです。
2時間下ってシャブジェ・ダクトクに着くとヤクの部隊に追いつきました。
すぐに酸素ボンベを出してもらい、吸い始めるとめまいも収まり始めました。

「コバヤシ、具合が悪かったのか?」

ペンバは駆け下りている私を見て調子がいいと思ったそうです。
酸素を吸っている私を見て、Aさんが馬をゆずってくれました。

ここから1時間、ズトゥプクのキャンプ地まで馬の旅。
どうやら高山病の苦しさも収まったのでした。

カイラスに天空の城が?


翌日は川沿いの道を馬で3時間くだり、
出発地点のダルチェン4520mまで平原を1時間歩きました。

ガイドのプンチョもFさんも高山病の症状は消えていました。
やはり5000mの高度は人間にとっては過酷すぎるようです。

到着して休む間もなくランクルは温泉のあるティルタプリに向いました。
ティルタプリとはサンスクリット語で巡礼の町という意味です。

2時間かけて着いた所は、岩山を囲んで巡礼路があり、
赤いシバリンガや寺院、、チョルテン、洞窟、温泉、などがこじんまりとそろい
巡礼地のテーマパークのようです。

その日は登山の汗を温泉で癒し、すぐにテントの中にもぐりこみましたが、
コルラが成功した思いが興奮となり、なかなか寝つかれませんでした。

翌日はマナサロワール湖に戻る日です。
睡眠不足のですので、ランクルの座席に着くと大変な揺れにもかかわらず、すぐに眠ってしまいました。

「ゴツッ」頭を窓ガラスにぶつけて、目がさめました。
窓の外には箱根のような情景があります。

「ン〜」眠い目を擦りながら考えました。
ナンなんだろうこれは〜。

     

目の前に左から雪を頂いたカイラス。
二層の大広間のある平らな屋根の宴会場。小さな天守閣のある小田原城。
そして一番右に大きな天守閣。

     
           天守閣!?

あわてて車を止めて眺めました。

造形とは不思議なものです。
私達日本人にとっては、この風景は城としか見えません。

もちろん6000mのあの高度に人の住まいがあるはずはありません。

一同、目の前の不思議な情景に釘付けとなり思考は停止したままです。


私は金子みすずの詩を思い出しました。

   【不思議 金子みすず】

私は不思議でたまらない。黒い雲から降る雨が、銀に光っていることが。

私は不思議でたまらない。青い桑の葉食べている、カイコが白くなることが。

私は不思議でたまらない。たれもいじらぬ夕顔が、ひとりでパラリと開くのが。

私は不思議でたまらない。誰に聞いても笑ってて、「あたりまえだ。」と言うことが。


私達は「常識」とか「当たり前」と言う言葉を使って、考えることを停止させます。
でもこれは「天の摂理」とか「神のみわざ」とかの言葉を使ったほうが良いのではないでしょうか?

目の前に起きた現象の意味を探る時、何故それが起きたのかは分かりません。
でも私は最近では「すべての出来事は神からのメッセージ」と考えるようになっています。

だから、今でも聖地カイラスで見た天空の城は、神々の住まいであるとしか思えないのです。

「旅の最後にとんでもないものを見せてくれた!!」

10月12日そのような感謝の思いに夢中になりながら成田に帰国いたしました。