まんだらやの存在意義


武蔵御岳神社の修業体験に始めてお出でになった28歳のM君。
ご一緒に神殿で唱えました。

ところが彼は5分ほどかかる大祓い祝詞を、全文暗記しているのです。
神社の神主さんでもなさそうなのに。

理由を聞いたら「今年の初め大洗の海岸で禊をしにいったら、皆さんが暗記していたので、必死で覚えました。」
というのです。

帰りは彼の勤務先の日本橋に近いまんだらやまで、車に乗ってもらいました。

「離婚の問題で困っているんです。でも、禊やお経を唱えると、変化するので夢中になったのです。
 こういうことを始めて、まだ6ヶ月なのです。」

と熱く語ってくれました。



「それまでは仕事一途で、友達もいなかったのですが、ブログを作ったら友達がたくさんできました。」

彼はブログ仲間の女性(ヨガの先生)も電話で誘い合わせ、まんだらやに到着してお経三昧の一時を過ごしました。

私たちも、大祓い祝詞ではなく、神社では禁じられていたお経や真言を存分に唱えました。



その後、お出でになった彼女(52歳)は得度の希望をお話し始めました。
7月7日の滝行にも彼とともに参加されるそうです。

そして昨日、M君から「『勤行次第:きんぎょう(ごんぎょう)しだい』という本がありましたよね?
もっとありますか、分けてください。先日のは友達に分けちゃったのです。」と電話くださり、
お買い求めにお出でになりました。

そして10分ほどの話しで、「やるならとことんやるのがボクの主義です。ボクも得度に興味があります。」
と得度に名乗りを上げたのです。



皆様に、仏教や神道の修行に興味を持って欲しい、それが「まんだらや密教研究所」を運営している目的です。

15年前のコパン寺院(ネパール)には、アメリカの競争社会に幻滅した人々が集まっていました。
私は「日本にもこんな場所が欲しいな。」と思ったのです。

今日もまた、競争社会東京の中心部で、競争社会では得られない幸せを求める場所が必要だと強く思えました。

密教は、体験によって学ぶ。起こった出来事を、愚者として受け入れ、学びにしたいものです。