非二元論的伝統

(プラトン/プロティノス・ヴェーダンタ/大乗仏教・密教)
                ケン・ウィルバー


智慧(上昇の道)は菩薩の生誕であり、慈悲(下降の道)は菩薩の望みである。

プラトン

大乗仏教・密教

上昇の道


プラトン     多者の背後にあるのが一者だと知る。

ヴェーダンタ   世界は幻影である。ブラフマンだけがリアルである。

大乗仏教     色即是空(形あるものは背後に空がある)

下降の道


プラトン     一者はそれぞれの存在に平等に現れているのであり、万物は平等。
         すべてのものはありのままでスピリットの完全なる顕現。

ヴェーダンタ   ブラフマンが世界である。

大乗仏教     空即是色(空はすべての形あるものに現れている)


小乗仏教は欲望を否定する。
大乗仏教はその思想を否定することにより、否定の否定は肯定になる。

しかし智慧の道と慈悲の道の両者が統合されていないと、恐怖(フォボス)が生じる。

左の道(上昇の道)のみであると、右の道(下降の道)の人々(現世に生きる人々)が愚かに見えてしまう。

宗教団体の陥る矛盾はここだ。
自分たちだけが輝いているように見えてしまうのだ。
恐怖心(フォボス)はタナトスとして低位の抑圧となる。


大乗仏教・密教では最初に上昇の道をたどり、金剛サッタは大日如来を求める。
そして「われは大日如来なり。」と気づく。

次に下降の道をたどり「すべてのものは大日如来の現われだと知る。」


チベットでは智慧(上昇の道)は左手で持つ金剛鈴(ガンター・ティルブ)で表わされ、
慈悲と方便は右手で持つ金剛杵(バジュラ・ドルジェ)で表わされる。

交差させることによって、両者の統合を意味する。


真言密教では左手の人差し指を一本立て、慈悲と方便の象徴・金剛杵を表わす。
右手の五本指をここに重ねることにより、五智が統合され悟りを開いたことを表わす、
金剛界の大日如来の印「智拳印」となる。

他者は幻想である。すべては自分の意識の反映である。