心は目に見えるのか?
 
7年前から、多くの得度希望者を高野山のお寺にご紹介しています。

高野山の寺には高野山独自の世界観があります。
私も12年前の修行中には、世間とのずれに驚いたものです。

今回は、色付きの下着や黒い下着が足元や袖から見えることをチェックされました。
高野山での浄衣は白色なのです。

人のリーダーを育てる道場ですので、しつけや身だしなみは重要なチェック項目です。
着ているものの乱れは、心の乱れであると判断されます。


夜、部屋からトイレに向かい受者の部屋の前を見ました。
そして何気なくトイレの前から、先輩たちの部屋の前を見ました。

そこに半年間の成長を見たのです。

団体で、また和室で生活することの少ない私たちは、スリッパの扱いがぞんざいになります。

                 


ここのお寺には、お客様として来ているのではなく、修行者として来ています。
スリッパを調えることの気配りは、お寺の修行の最初なのかもしれません。

どなたがそろえたかは知りませんが、ありがとうございました。

心は形に現れるのです。行動も、その人の心を現します。
そして長い人生が、その人の心の表現なのです。

そして・・眼の輝きは最後の切り札かもしれません。

この世は、人々の心が作る網の目(梵網)のようになっていると仏教では考えています。
その網の目をスムーズに潜り抜けられるように、目配り、気配りの習慣を身につけることが、
お寺の世界観として重要なのかもしれません。

お供物を、共同名義で差し上げるときにも、各自の名前を書き込むのですから。

本堂内陣で読経した皆様、理趣経の会で勉強した成果が出ましたでしょうか?

コスプレ坊主でなく、中身も充実したいものですね!!